第6話(1)藤花の思惑
陸
「ここは大丈夫なんだろうね?」
藤花が技師に尋ねる。
「ああ」
「本当かい?」
「疑り深いね~」
技師は思わず苦笑を浮かべる。
「そりゃあ疑うだろう、アンタの連れてきた刺客に襲われたんだからね」
「連れてきたわけでもないけどね……」
「どういうことだい?」
「さあ、どういうことだろうね?」
「……上に組まされたってことか」
「そういう感じだね」
「まあ、それはいいか……」
藤花は首をゆっくりと左右に振る。
「いいのかい?」
技師が首を傾げる。
「どうせ聞き出そうとしたところで、細かいことについてはよく知らないんだろう?」
「まあねえ……」
「拷問……尋問の類は好きじゃないし……」
「ご、拷問って言った⁉」
技師が藤花を指差す。
「ちょっとした言い間違いだよ」
「いいや嘘だね!」
「アンタは自分の興味があることについてしか知らないだろう?」
「興味があること?」
「からくり人形さ」
「ああ……」
「それ以上というか、それ以外のことに関してはほとんどなにも聞かされていないし、もちろん自ら聞いてもいない。違うかい?」
「違わないね」
「そうだろうな、深く知り過ぎると余計な危険が及ぶからね」
「よく分かっていらっしゃる」
技師が頷く。
「立ち居振る舞いとしては賢明だ」
藤花が腕を組む。
「賢明かね?」
「ああ、腹立たしいほどにね……」
藤花が技師を軽く睨み付ける。
「おお、怖い怖い……」
技師が首をすくめる。
「まあ、アンタは技師だというから生かした。からくり人形に関する技術や知識を持ったものは数少ないからね。そろそろ修理というか、点検の必要性は感じていたし」
「そちらだってお抱えの技師がいるんじゃないの?」
「もちろんいないことはないが、あまり貸しは作りたくない……」
「え?」
技師が首を捻る。
「半分戯言だけど……」
「半分なんだ……」
「ここでアンタを抱き込むことにした。それぞれにとって利があることだ」
「ふむ……」
「アンタは自らのことを江戸に売り込める。上手く行けば出世だ。翻って江戸側としたら、若く優秀な技術者というのはいくらでも欲しい」
「うん……」
「分かるだろう?」
「分かるけど……それぞれ?」
「ああ、私にとっても当然利がある」
「ほう……」
「しかも、二つだ」
藤花が右手の指を二本立てる。
「二つ?」
「アンタから刺客側へ誤情報を流させる」
「誤情報?」
「ああ、どうせなんらかの手段で連絡を取れるんだろう?」
「……」
「そこで謝った報せをあえて流してもらう。私たちは労せずに目的地へと近づける」
「……素直に私が従うと?」
「そこは無理矢理にでも従わせる……」
藤花がキッと睨み付ける。技師は多少動揺しながらも答える。
「れ、連中もそこまで馬鹿じゃない。情報網はいくつも張り巡らしているよ」
「それは承知の上さ。ただ、こちらから打てる手があるというのなら打っておくに越したことはないだろう」
「ふむ……もう一つは?」
技師が藤花を見つめて尋ねる。
「ふっ、聞きたいかい?」
藤花は顎に手を添えて笑う。
「それはまあ……」
「どうしようかな~」
藤花はわざとらしくもったいぶる。
「話したくないなら別に良い……」
技師が藤花から視線を逸らす。藤花が慌てる。
「いいや、話すよ」
「だから話したくないなら良いよ」
「話をさせてよ!」
「ご、強引だね……」
いきなり声を上げる藤花に技師が戸惑う。
「……アンタが欲しい」
藤花が技師を指差す。
「え……?」
技師が自らの体を抱きかかえる。藤花は手を左右に振る。
「違う、そういう意味じゃない」
「どういう意味さ」
「アンタの持つ知識と技術が欲しい……って意味だよ」
「言葉足らずにも程があるでしょ」
「そこは大体流れで分かるものじゃないか」
「分からないよ」
「と、とにかく、アンタの手が加われば、私はまた違ったからくり人形になれる。多少大げさに言えば、生まれ変われるのさ」
「……買いかぶり過ぎじゃないかね?」
「いや、アンタはやる女だよ」
「何を根拠にそんなことを……」
「若い身空で私を始末する任務についたことが何よりの根拠だよ」
「それはまあ、そうかもしれないけどね……」
「というわけで……これが私の求めるものだ……」
藤花が紙を差し出す。それを見た技師の顔色が変わる。
「こ、これは……⁉」
「より優れたからくり人形にならなければ、この先生き残れないからね……」
藤花は不敵に笑う。
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