第5話(2)楽土反撃

                  ♢


「動かないな……」


 眼鏡の女が呟く。


「そりゃあ当然さ、あたしの渾身の一撃を食らわせたからね」


 老人が腕まくりする。


「……」


「なんだい、黙って?」


「渾身の一撃なら体に風穴の一つくらい開けてごらんよ……」


「いやいや、そりゃ無理だって!」


 老人が手をぶんぶんと左右に振る。


「何が無理なのさ?」


「こいつの体、馬鹿みたいに硬いんだよ!」


 老人が楽土を指差す。


「たしかに硬度にはこだわったとかなんとか、そういう噂話は耳に挟んだな……」


 眼鏡の女が腕を組みながら頷く。


「というわけでこれ以上は無理だよ」


「いや、安心出来ん……」


「だから阿保みたいに硬いんだって」


「そこをなんとかしなよ」


「なんとか出来ないよ」


「どうにかしなよ」


「だからどうにも出来ないって。本当に硬いんだから、触ってみてごらんよ」


 老人が眼鏡の女を促す。


「それが怖いから言っているんだろう……!」


「とにかく動かなくなったんだから良いだろう」


「なんで動かないんだ?」


「それを聞くかい? そっちの方が詳しいだろう」


「くっ……」


 眼鏡の女が遠巻きに楽土を見つめる。


「……もっと近づかなきゃよく分からないだろう」


「うるさいな、アンタ見えないんじゃないのか?」


「雰囲気で位置は分かるよ」


「しょうがないな……」


 眼鏡の女は二、三歩、楽土に近づく。


「どうだい?」


「……ふむ」


「ふむじゃあ分からないよ」


「駆動域を司る箇所に故障が発生したようだね」


「もっと分からないよ」


 老人が苦笑する。


「詳しく言ったんだよ」


「それが分からないんだよ」


「まあ、とにかく動きは止まったようだ」


「そうかい」


「じゃあ、こいつを運んでくれ」


「冗談だろう。これ以上年寄りをこき使う気かい?」


「年寄りも何もないだろうが」


「そんな重いやつ運びたくないよ。アンタが運びなよ」


「それこそ冗談だろう。か弱い女の細腕じゃあ無理だ」


「自分でか弱いって言うかね……」


「いいから早くしろ」


「え~……」


「え~じゃない」


「……ご心配には及びませんよ」


「!」


 楽土がゆっくりと立ち上がる。


「察するに……刺客の類ですか……」


「う、動けるのか?」


「ええ、自分でもよく分かりませんがね……」


 楽土は両手を広げる。


「予備の歯車を回したのか……どんな造りをしている?」


 眼鏡の女が顎に手を添えながら呟く。


「技術に関しては分かりかねます……」


「おい、任せたぞ!」


 眼鏡の女が老人に声をかける。


「やれやれ、仕方ないね……」


 老人が手首をこきこきとさせる。


「?」


「ほっ!」


「む!」


 老人が素早く楽土の懐に入る。


「はああっ!」


「‼」


 老人が素早く拳を繰り出し、連続攻撃を楽土の体に食らわせる。


「……『石礫』だ、どうだい?」


「技名なんて心底どうでも良い!」


 眼鏡の女が叫ぶ。


「か~分かっちゃあいないねえ……男の浪漫ってやつを……」


 老人が呆れ気味に首を振る。


「そんなのはどうだって良い!」


「この連撃を食らって立ってられる奴はまずいないよ……ん?」


「……何かしましたか?」


 楽土はきょとんとしている。


「はあっ⁉」


「む、無傷⁉」


「くっ! はああっ!」


 老人がさらに連続攻撃を加える。


「………」


「ふふっ! これだけ連撃を食らえば……!」


「う~ん……」


 楽土が首を捻る。老人が愕然とする。


「ば、馬鹿な⁉」


「も、もっと攻撃を加えろ!」


 眼鏡の女が声を上げる。


「む、無茶を言うな! これ以上はあたしが保たない!」


「壊れても修理してやる! 安心しろ!」


「くっ! し、仕方がない! はあああっ!」


「……………」


「ど、どうだ!」


「……ふん!」


「⁉」


 楽土が盾を手に取り、思い切り横に振る。それを食らった老人は壁を突き破り、宿の外へと吹っ飛ばされる。


「お、おい⁉」


 眼鏡の女がそれを慌てて追いかける。


「宿を壊してしまった……弁償代が高くつきそうだな……いや、今はそれよりもとどめを刺さないといけないか……」


 楽土が後頭部をぽりぽりと掻く。

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