第26話 誰に邪魔されない惑星
あたしはふわふわとした気持ちのままカウンセリングルームに入り、お姉様と出会いました。
にこにこと微笑んだまま、こちらに近づき、初対面にも関わらず、あたしの手をとり、指で掌に文字を書いてくれました。
な。ゆ。た。
たしかに、そう書きました。
ドキッとしました。
あたしは、なゆた。
あたしは、なゆたです。
なゆたは、あたしです。
でも、その名前で呼ぶ人は、それまで誰もいなかったのです。パパでもあたしを「お前」としか呼ばないのですから。
そうすると、名前って、一体何の意味があるんだろう、と思っていたのです。
名前を認識されることが、個人を認識することならば、それでは、からだは一体何の意味があるのか、とか。
つまりあたしは、名前そのものでもあります。あたしの死とは、肉体の死ではなく、ある意味、名前の死であると。
だから生まれて初めて、存在を認識してもらえたような、そんな気がしました。
お姉様は、一枚の紙をくれました。
そこにはこの部屋での過ごし方について、こう書いてありました。
『ここは、貴方とおねーちゃん(だから、あたしは、お姉様と呼ぶのです)の星です。二人だけの、誰にも邪魔されない、惑星』
「惑星?」
この部屋は梅雨になると倉庫みたいに黴くさくなりますし、ずっと暮らすのには小さいけれど、本当にこの部屋があたしたちの惑星だったら、どんなにいいかと思います。
パパの故郷なんか、どうだってよくなってきます。
この別館の一階から三階の部屋、三〇余りの部屋がすべてカウンセリングルームなのですから、そうすると、ここには部屋の数だけ〈惑星〉があることになります。
それぞれの部屋でそれぞれの惑星が作られ、隣合わせだというのに、互いに干渉をしないなんて、何ともロマンチックじゃありませんか?
その部屋にいる全ての人に、深い親愛の情を感じました。
こんな気持ちは初めてです。他の部屋にいる人たちみな、あたしの分身なのではないかとさえ思ってしまいます。(あたしは、あたしがすきなのでしょうか?)
さらに、そのルールを読み進めました。
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