第25話 すみません、少しパンの話になります
お姉様と初めて会ったのは〈イエロー〉に入学してすぐでした。
その頃は、ここに無理やり入学させられた直後、陰鬱な気分でした。
与えられた部屋からの景色は、空が狭くって、いつも、穴の間からこそこそと世界を覗いているような気持ちがして、尚更気が沈みました。
大人たちの事情で作られたこの場所は、いつも鼻をつく欲望のモヤに覆われています。
表面上は「社会に適応できない人々の、社会復帰をお手伝いする慈善事業」かのごとく謳っていますが、所詮金儲けです。商業的なにおいがぷんぷんします。
欲望というものは地へと、地へと沈んでいくものですから、あたしたちは欲望でコーティングされた、いわば負の祝福を受けた赤子のようなものです。
そんな考えを持つあたしが、この施設からしたら反乱分子として映ったようです。
入学するなり、あたしは「心を穏やかにする」ため、カウンセラールームへと連れて行かれることになりました。
部屋まで付き添ってくれたのは、金歯のおじいさんでした。
道すがら、おじいさんは、ただでさえ猫背のあたしをさらに下から覗き込み、「どのおねーちゃんがええかなぁ?」と、レストランのメニューのようなものを手渡してきました。
カウンセラーを選ばせてくれるということでしょう。
そこには、一ページに9人ずつ、結構可愛い女の子の写真が貼ってありました。
よく見ると、みな髪型やお化粧が違うだけで、顔はみなお姉様そのものだったのですが。
「あんな、ここのおねーちゃんたちは、みんなええ子やで。あんたのことをな、絶対包み込んでくれるわ」
おじいさんは、さらに続けました。
「緊張しとるんか? あんなぁ、おじさんなぁ……(間が開き、何かノイズが入ったような気がします)パン食う?」
はい?
『おじさんなぁ……』と『パン喰う?』の間に一体何があったんでしょう?
「あんな、パンっつうのは、寝るんやで。パンを寝かせるいうて、パン屋さんが優しそうな顔するやろ……ほんでな」
それ以降も、パン以外の話をしてきませんでした。
一度試しにバナナのことを話してみたものの、彼にとって(いえ、あたしにとっても)バナナはパンじゃなかったようです。
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