第27話 惑星の法律
『まず二人でこの惑星の法律を考えましょう』
お姉様はノートに「第一条」と書いて、こちらの様子を窺います。
どうしていいのかわかりません。
あたしは決まりを作ったことなど、一度もありませんでした。
考えてみれば、パパの言うことをただきくだけで、考えらしい考えなど、それまでなかったのです。
答えられずにいると、お姉様はあたしのメガネを外しました。(レンズの厚いメガネです)
世界はぼやけ、輪郭が消え、混ざりました。
境がなく、全てが一つになってしまった気がします。
お姉様は、一点を見つめ固まってしまったあたしの掌にゆっくり、
〈第一条・メガネきんし〉
と書きました。
「眼鏡がないと見えないんです。なんにも。なんにも、です」
あたしのメガネは度がきつく、世界に酔ってしまうようなレンズでした。
パパからは、「地球は、輪郭がないと全てが崩れる軽薄な星だ。形を保つために、これが必要なんだ」と教えられました。
人間だって輪郭がないと、枠のない水槽に入った水と同じです。
すべてが溢れ、ただの水たまりになってしまうのです。
メガネは大嫌いでしたが、頼らずには生活がままならないのも確かでした。
「かえしてください」
お姉様は、遮るように、あたしの唇を掌で塞ぎました。
あたしの頭の後ろにやさしく手をまわし、その聖母のような胸に寄せました。
視界が真っ暗になりました。
これならメガネは必要ない。
お姉様といるときは、メガネが必要ないのです。
「ぶ」
口から空気が漏れました。
「ぶへぇぇぇ」
あたしは泣きました。
ここでは、お姉様に守られている。
安心して、無力な存在でいられるのが、どうしようもなく嬉しかったのです。
考えてみれば、誰かに抱かれたことは一度もありません。
こんなにも不気味な世界が、その瞬間だけでも輝いて見えました。
お姉様に会うことで孤独が埋まり、同時に、自分は孤独だったのだと認識したのです。
お姉様は、あたしの頭のてっぺんを撫でました。
そこがパパのいう中心だと、わかっておられるのか、おられないのか、真偽のほどはわからないのですが、「今だけは、この世界には煩わしい中心などそもそも存在しないし、貴方が一人きりでも、あたしがいるじゃない」と囁いてくれているようでした。
お姉様は、地球にいてもいいと認めてくれた、輪郭を与えてくれた存在です。
そうしてお姉様と出会ったのですが、自分の意志で会いにいくことは許されませんでした。
なにせ、部屋の外には、いつも見張りの金歯のおじいさんがいるのです。おじいさんに迷惑はかけたくなかったので、あたしはいつも、麗しいお姿や、掌をなぞる指先の感覚を想うばかりでした。
問題を起こせば連れて行ってもらえるのなら、最初からそうしていればよかったとも思います。
思いがけない今日の邂逅は、あたしをどうしようもなく興奮させました。
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