第8話 文脈山脈

 あたしはこの施設にくる前、パパと一緒に暮らしているとき――よく尋ねたものです。

「あたしたちの故郷はどこなんですか?」と。

「あれさ」と、パパは空を指さしました。

 その星は、地球では〈お月様〉と呼ばれている星でした。

 この日本という国では、餅つきをするウサギが住んでいると伝えられているようです。

「故郷の月にいるときはよく、お団子を食べながら、この青い地球を眺めたものだけど……。見てるだけで、十分だったね、ホント」

 地球でも、あたしたちと同じようにお団子を積み、あたしたちの故郷(お月様)を眺める、というイベントがあるそうです。

 もしかしたら、彼らと望遠鏡越しに目があったことがあるかもしれません。

 パパは故郷が恋しくなり、よくホームシックになっていました。

「何も好きで地球に来たわけじゃないんだ」と、同じことを何度も繰りかえしました。

 どうやら、宇宙旅行の際、宇宙船が壊れ、不時着したのがこの地球だそうです。

 窓を開け、地平線の奥に見える低い山々に向かい、「あれさえ壊れなければ……」と嘆くのです。

 その山は〈文脈山脈〉と呼ばれています。

 緩やかな山道なので、老人やカップルなどを対象にした、気軽なハイキングにもよく利用されます。

「山というのは、世を忍ぶ仮の姿なのだ」

 山肌をめくれば、そこには最先端の宇宙船のコクピットが見えるのだと言います。

「だからぼくは、機械なんてものは嫌いなんだよ。生物以上にきまぐれだし、欲望に即して作られたわけだから、姿形もたまらなく醜い。いいかい、機械に惑わされてはいけないよ。実際、この星の生き物たちは、機械のせいで頭が壊れている」

 たとえば、とパパはまくしたてるように続けます。(頼んでもいないのに)

「地球人は電脳世界上で自分の分身を作り、(名前、性別、性格、経済状況を偽るほか、目を巨大化させ、シミを消すなど、容姿までも偽り)繋がろうとする。都合のいい自分をやたらに増殖させているんだ。美しい私、気の利く私、面白い私、寛容な……」

 そこまで言いかけて、パパはぜぇぜぇと息を切らしました。

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