第3話 いつも思うのですが、あたしだけがまともです

 甜は、おかしな人間ばかり(具体的に言えば、問題を起こし、協調的な社会生活を送るのが少々困難な少年少女)のこの学校でも、劣等生扱いでした。典型的な、ストレスを溜めに溜めこみ、爆弾を作ってしまうような子です。

 子、というのは少し違うかもしれません。

 幼い子もいますが、あたしや甜は、もう大学を卒業していてもおかしくない年齢ですから。

 なのに、丸の一つも書けないなんて……と、あたしは醜い憐みこそ向けてしまいますが、怒りはありません。

 この場においては、怒りではなく憐みこそが、自然と抱く感情のはずです。

 ですが、みなが抱いているのは多分、もっと、純粋な怒りでしょう。

 こんな純度の高い怒りを皮膚から滲ませることなど、あたしには怖くてできないのです。

 いつも思うのですが、あたしだけがまともです。

 あたしからしたら、あたしだけがまともです。

 それは何もこの施設の中に限らず、世の中の有象無象、魑魅魍魎すべて、すべて、を対象として語っています。

 この青い惑星で、あたしだけはまともなのです。

 こんなあたしが本当によそ者の宇宙人なのだろうか、と思い悩んでしまうのは、ひどく自然なことでした。

 全てがわからなくなるような、こんな気味の悪い空間にはいたくないですし、どうにか脱出したいと思いました。

 よっぽど窓から逃げ出したい気持ちでしたが、窓は鍵がなく、叩いてもヒビ一つ入らない、厚いすりガラスです。

 その向こうも鉄柵に覆われ、物理的に社会から隔絶されているのです。

 あたしの苛立ちに気付いたのか、担任の教師がこちらに寄ってきました。

 甜への怒りではなく、この教室に充満する怒気そのものへの不満だということには、恐らく気付いていないでしょう。

 機嫌を窺うように顔を覗きこんでくるのが不快です。

 教師はあたしの背中を撫でました。

「荘子の『胡蝶の夢』というのを知っているかい?」と彼は得意気に尋ね、こちらが応える前に言葉を続けます。「ある男が、夢から目覚めた。それは、蝶になる夢だ。(……きっと、鮮やかなレモンイエローの蝶々だ)しかし、男は思った。本当に私が蝶になった夢を見ていたのだろうか? 本当は、今の私こそが、蝶が見ている夢なのではないか……と」

 誰しもが知っているだろうことを得意気に語るのが、彼のやりくちです。

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