6
怖かった。
階段下に目をやると、仰向けになった母親がいた。動く気配はない。顔に生気はなく、口からは舌が飛び出ている。
誰がどう見ても、彼女は死んでいた。
そう実感すると同時に、怖くなった。背筋が凍りついたように冷たくなった。私は、すぐにその場を去った。
不幸中の幸いか、私の姿を見た者はその時誰もいなかったらしい。テレビのニュースを見ると、単に足を踏み外したことによる転落事故として扱われたようだった。
私は、人を殺した——。
その事実は、誰にも咎められなかった。とはいえども、突然自分のもとに警察がやってくるかもしれない。油断はできなかった。毎日毎日、そんな恐怖と不安に苛まれていた。
そのため、できる限りカヨのもとを離れないように努めた。というのも、彼女の様子さえ分かっていれば、自分に疑いの目が向いていないかどうか、すぐに把握できるからである。
それ故に、突然彼女から突き放すような言い方をされた時は焦りもしたものだった。まさか、自分の行いに彼女が気づいたのではあるまいか。喧嘩別れしたのはいいが、それ以降そればかり考えていた。
だからこそ、一方的に彼女から関係を断ち切られたとはいえ、彼女の動向はその後も追っていた。少しでも怪しい素振りを見せるようなら、早急に手を打たなければならない。そう考えていた。
すると、いつの頃からだろうか。
こっそりと仕込んでいた、彼女のスマートフォンのケース裏の盗聴器から、聞き馴染みのない音が聞こえ始めた。
激しい呼吸音。自らを叱咤する声。それらは数日の間続いたが、突然ぱたりと止んだ。
なんとなく気になった私は、彼女が家を開けた際、前に渡されていた合鍵を使い、部屋の中に入り込んだ。
パソコンの電源が点いたままだった。スクリーン一杯に広がっている…それが人生やりなおしっ子サイトだった。
そこで、彼女が自殺をしようとしていることを、私は知った。なるほど、先日まで聞こえていた声や物音は、一人で自殺を試みていたというわけである。それがうまくいかなかったために、今度は集団自殺を考えている。そんなところだろう。
それを知った私自身の感情は、罪悪感と安堵だった。
罪悪感。彼女が死を望む発端は、やはり上司からのパワハラだろう。しかし実際に死ぬことを決心させたのは、母親の死が引き金であることには間違いない。そしてその原因を作ったのは、他ならぬ私だったのだから。
同時に安堵した理由。彼女がこのまま自殺してくれれば、己の抱える恐怖や不安を解消できるのである。だからこそ、命令せずとも死んでくれるのであれば、それはそれでもう良い。そう感じていた。
しかし。それからの展開は私の予期しない方向へと進んでいく。なんたって、人生やりなおしっ子サイトが、実際には自殺をしない偽サイトだったのだから。
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