しかし、そんな私の期待は見事に裏切られることになる。

「話が違うじゃない。半月前の約束はどうしたのよ」

「だからぁ。覚えてないって、そんな約束」

 連絡しても返事がないため、我慢できずに会いに行った実母の態度は、この前とまるで異なっていた。私の顔を見た彼女は、嫌なものを見たかのように顔をしわくちゃに歪ませる。

「そもそも、そんな暇無いの。ただでさえ独り身になって忙しいってのに。とにかくもう、話は終わり。帰んなさい。あの子にはよろしく言っておいて」

 そこで私は漸く理解した。もとから実母は、カヨを助けるつもりなど毛頭なかったのだ。ただ、私から金を貰う、それのためだけに、私の話に乗ったふりをしたのだ。

 それだけ言うと、肩に背負っていたスーパー袋を背負い直した。半月前同様、買い物帰りだったようだ。私にひらひらと手を振り、目の前の階段を降り始める。

「ちょっと!」

 逃すわけにはいかない。慌てて引き止めようと、彼女の腕を掴み、強く引っ張った。

 それが原因だった。

「あっ」

 ぐらりと彼女の体が傾いたかと思うと、急に彼女の腕を掴んだ手に強い力が入る。条件反射から、同時に手を離してしまった。

「や…」

 落ちるその瞬間。彼女の瞳は私を見ていた。最後の瞬間に、自分が死に至る要因となった人間の、顔を。


 ——落下した時の音は聞こえなかった。いや、実際には激しい落下音がしていただろう。しかし耳にその音は入らなかった。まさに白昼夢、その時の私は、今起こったその出来事に現実味を全く感じていなかったのだ。

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