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それからの展開は、飛ぶ様に早かった。
僕とスミエは、かけつけた警官らに捕らえられた。そうして各々留置所に入れられ、今に至る。
ちなみに、タクヤはあの後息を引き取った。スミエの刺した箇所が、運悪く心臓に到達してしまっていたようだった。
姉ちゃんの仇、とってやりましょうよ——。
タクヤのあの、野太くも少し軽い口調を思い出す。
彼女の…アカネの唯一の肉親だったタクヤ。自分を慕うその態度に、義理とはいえども、僕は本当の弟のように感じていた。
そんな彼を、みすみす殺させてしまった。まだ全てが終わっていなかったのに、どうして気が緩んだのだろう。そう悔もうにも、取り返しがつかないことは分かっていた。しかしそれでも悔やまずにはいられなかった。
「オオヤサトシ、来い」
突然、自分より数段低い声が響いた。また、取り調べか。昨日から今まで、数回同じ様に呼ばれ、連れ出されている。故に用は言われずとも分かっていた。
考えていたことを一度全て頭の隅に追いやる。ゆっくりと上体を起こし、がたいの良い警官に連れられ、歩く。そうしてそのまま、五畳ほどの四方均等な個室に連れてこられた僕は、中央に置かれた椅子の上に座らされた。
「よお。気分はどうだ」
後からやってきた、偉そうな態度の警官に尋ねられる。
「気分も何も。正直言って、最悪ですよ」
「そうか、そうか」
豪快に笑う強面の警官に、僕は心内で悪態をつく。
「お前はそれ程の容疑でここにいるんだ。それも仕方がないだろう」
「それ程って…」
「女の遺体のことだよ」
「ああ」
昨日の取り調べで、僕は全てを白状した。人生やりなおしっ子サイトのこと。ミナのこと。逮捕された以上、隠し通すことはできそうになかった。
しかし、女の遺体の件…つまりミナの件のことを言っているのだろうが、彼女を実質的に殺害したのはスミエなのである。それは状況から見て明らかであり、自分はその後始末をしただけであって、直接的に殺した訳では無い。そう仕向けたということも、タクヤが亡くなった以上、自分しか知らないことである。その罪までかぶる訳にはいかなかった。
「あの、昨日も言いましたが。その人は俺と一緒に捕まった女の人がやったんです。間違いないんです。僕と、彼女に殺されたサクライタクヤは、彼女の罪を暴いて、その結果やり返された。それだけです」
そう反論すると、強面の警官は眉をひそめた。
「まあ
「は?」
もう一人?なんだそれは。
「あのな。佐藤美奈の遺体があった場所に、もう一人分の遺体があったのさ」
「え、そんな馬鹿な」
四日前、ミナが死んだ日の夜。彼女の遺体を、人気のない山奥にて埋めた。僕の記憶には、それだけしかない。
「何度も言いましたが。俺は佐藤美奈の遺体を処理しただけです。なんですか、そのもう一人って」
そう問うと。「えーっとな」と警官は手元にある紙をパラパラとめくっていく。
「あー、あったあった。身元は、
「尾谷、佳代だって?」
佳代…カヨ。思わず大声を上げてしまう。強面の警官は一瞬驚いた風に目を見張ったが、次の瞬間いつもどおりの鋭い獣のような目に戻る。
「うるせえよ。何がそんなに…」
「その名前の女が、本当に遺体で?」
神妙な面持ちで尋ねると、強面の警官は肯いた。
「ああ。鑑識の結果では、死んだのは三日前の夜らしいな。というより」そこで警官は目の前の机を強く叩いた。その音に驚き、全身が萎縮する。「何、知らねえふりしてんだお前。お前が殺して、佐藤美奈と一緒に埋めたんだろうが」
「三日前の夜?」
三日前というと、九月二十五日。その日はというと、ミナが死んだ次の日の夜である。
しかしそれは有り得ない。有り得るはずがないのである。カヨは二日前の夜、スミエの犯罪を暴いてもらうため、僕やタクヤと一緒に、あの廃校にいたのだから。
「その遺体、本当に尾谷佳代だったんですか」
「嘘なんかつかねえさ」
そんな馬鹿な。
それならば、僕が、タクヤが、スミエが、ミナが話をしていた、カヨは誰だというのだ。
僕は強く首を振った。
「や、やってません、そんな死体なんて…」
「証拠があるんだよ。お前がやったっていうな」
「証拠?」
「被害者の手から、煙草の箱が見つかったんだ。その煙草から、お前の指紋が検出されたんだよ」
「僕の指紋?煙草の箱?」
そんな馬鹿な。
カヨの遺体が、僕の指紋入りの煙草の箱を持っていた?
呆然とする僕を見て、強面の警官は淡々と説明していく。
「もう一度確認だ。お前から教えてもらった場所。そこに、二人の遺体が埋められていた。その埋めた場所は確か、自分しか知らなかったんだよな」
「ま、まあ」
「どうなんだよ」
「…はい」
正確には死んだタクヤも知っている。しかし生きている人間のうちでは、もはや自分だけしか…
いや、待てよ。思い出せ。
そうだ、ミナの遺体を処理する時。カヨは、遺体処理の手伝いを申し出てきた。もちろん俺は断ったのだが、あの後…僕のことを彼女が尾行していたとしたら。
いや駄目だ、違う。それをして、彼女に何のメリットがあるというのか。それに、そのカヨは、次の日の夜に死んでいた訳である。訳が分からない。
それなら自殺決行の日、僕達の前に現れたのが、そもそもカヨじゃなかったのだとしたら?
カヨの名を騙る第三者だったとしたら?
それなら、尾谷佳代が死んでいる中、僕達が「カヨ」と話すことはできる。
恐らくカヨを名乗った女は、何らかの理由でカヨを殺害するつもりだった。そしてその罪を、僕達になすりつけるために、人生やりなおしっ子サイトに登録した。
…待てよ、それも違う。僕は彼女がサイトの登録フォームで入力した住所にある家に行き、実際に彼女…尾谷佳代をこの目で見ているのだ。記憶を呼び起こしてみても、間違いない。事前に見た彼女と、九月二十四日に現れた彼女は、まごうことなく同一人物だった。
それに…もし僕達に罪をなすりつけることが目的だったのなら、僕達のすることが、最初から自殺のフリであることを知っていなければならない。対外的に、僕達は本気で死にたい者達の集まりなのだから。もしもフリでなかったとしたら、罪をなすりつける以前にあの世行きだ。
当日の彼女の様子を顧みると、それを知っていたようには見えなかった。慣れてない者であれば、知っていることを知らない風に装うとなると、挙動や言動等から必ず綻びが出てくるものである。しかし記憶の限り、彼女にはそれが無かった。彼女は、僕達が自殺のフリをすることを知らなかったのだ。
「それが本当なら、お前の言うことが嘘っぱちだってことは、馬鹿な俺でも分かることなんだぜ」
強面の警官から再度凄まれる。が、彼に応対する程、心には余裕がなかった。
あのカヨを名乗った女とは一体、何者だったのだろうか。頭の中にあった、おどおどとした若い彼女の人物像が濁っていく。かと思えば、二日前のマスク姿の彼女が思い浮かぶ。あれは幻ではない、れっきとした「生きた人間」だった。
唯一分かっていること。それは僕達、いや、僕が、あのカヨと名乗った女に、まんまとしてやられたということである。
「はは…」
笑いがこみ上げてくる。
「ははは」
それを止めることは、もはや自分でもできなかった。
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