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「今でも、瞼の裏に焼き付いているかのように思い出せるよ」
「あの日、彼女が事故に遭った旨の連絡を受けて。あれから、僕の人生は変わってしまった。何もかも。そう、何もかもさ。はは。時間が解決してくれる…そんなこと、詭弁だってわかったよ。三年経った今も変わらず、彼女は俺の中で消えることはない。でも、そんな彼女とは二度と会えない。どうしようもなく辛くて、苦しくて。だけど、自分の中では彼女が生きているようにも思えて、嬉しくもあってさ」
そこでジュン…タクヤが続ける。
「そんなサトシさんを見ていて俺、いてもたってもいられなくて、一つ提案したんだ」
それがスミエへの復讐だという。
「夫が仕出かしたことでも、本人が死んじまった今、責任は妻であるスミエさんがとるべきなんだよ。ほら彼女、さっき言っていたじゃんか。やられたらやられた側には、やり返すだけの権利があるんだって。そのとおりだよ。だから、スミエさんを殺そうって、そう提案したんだよ」
殺す。物騒な言葉が出てきてどぎまぎするが、そこで私は一つ、気になっていたことを尋ねてみた。
「サトシさんとタクヤさんの関係ってなんなんですか」
「俺はね」タクヤが自分を指差す。「サトシさんの婚約者だった、アカネ姉ちゃんの弟だよ。サクライタクヤ、それが本名」
「サクライ…」
その名前は、ここ数日で何度も耳にしているため覚えている。サイト管理人の名前。
「ちなみに俺達の下の名前は、元アイドルグループから取ったのさ。言われてみれば、だろ」
呆気にとられている私をよそに、彼はサトシに目を向ける。
「でもさ。殺すのはダメだってこの人が」
横目を向けるジュンを一瞥した後、サトシは首を振る。
「元々、あの人の旦那がやったことなんだ。それなのに『人殺し』の罪を背負うのは、割に合わない。そう言ったんだ」
そうは言いつつも、タクヤの言うとおり、我慢の限界であることも事実であったのだという。
「そこで考えついたのが、これだったんだよ」
これ。人生やりなおしっ子サイトのことを指すのだろう。
「自殺者の救済。面白いアイデアだったでしょ。嘘でごめんな、カヨちゃん」タクヤは申し訳なさそうに眉をひそめる。
「実際、首吊りのフリなんて成功しないと思っていたし、嘘もばれると思ってたんだ。だっていくらフリだからって、フリができるのは数十秒程度だぜ?そんな長く吊られたままだと、それこそミナのようになっちまう。笑えねえよ」
「…でも、その数十秒が、意外と十分だった。全員じゃないにせよ、騙される奴はいてさ。ある意味驚いたよ」
そう笑うタクヤとは裏腹に、サトシは澄ました顔をする。「そうして、サイトとして形になってきた頃を見計らって、僕はスミエさんに声をかけた」
彼女とは、スミエのことに違いない。
「スミエさんは話に乗ってきたよ。そりゃそうだよね。あの人は旦那の起こした事故の補償で金が無く、更に何を血迷ったか借金までも作っていたから。金を貰えると聞けば、必ず話に乗ってくると分かっていたからね」
彼女に話した内容が、「自殺者の救済」という嘘の内容だった。
「お金はどうされたんです」
スミエの話からも、自殺のフリをするたびに、報酬として金を受け取っていたことに間違いなかったはずだ。しかも多額の金を。
「あれは、彼女に支払ってもらった金だよ」
身内を殺した相手の家族から受け取った金に手をつけようとは思わなかった。故に、それをそっくりそのまま返したという訳である。
「しかしなあ」タクヤがあきれたように溜息をつく。「サクライ。旦那が衝突事故で殺した相手の家族の苗字を、あえてサイトの管理人の名前に充てたっていうのに、気付かなかった。それだけ、あの人にとってどうでも良い存在だった。そういうことだったんだろうな」
彼女としては、最愛の夫が亡くなったショックが強く、頭が一杯になっていたのだろう。
「でも。僕のことは覚えていたみたいだね。昨日会社から連絡があって。スミエさん、職場に電話して僕の所在を確かめたらしいんだ。どうやって突き止めたんだか」
やれやれとサトシが肩をすくめた。そんな彼に、タクヤは苦々しく笑みを浮かべる。
「サトシさん、姉ちゃんが亡くなった当時怒り狂って、スミエさんに飛びかかろうとしたもんな。彼女からしてみれば、嫌でも記憶に残ったんでしょ」
婚約者の彼には、彼女を断罪するだけの力は持っていない。故に、その時はその場で彼女のことを非難することしかできなかったのだ、と彼は言う。
「でも。眼鏡をかけて、顔を少し弄って、口調を変えた程度で本人だって気付かない訳だから、しょうがないね」
憎々しげに話すサトシに、私は聞いてみた。
「でも実際、どうされるつもりだったんですか」
「どうって?」
「彼女を誘って、自殺のフリをさせた。そこまでは理解できました。でも、それがなんの復讐になるんでしょうか」
私の質問を聞いて、彼は不敵な笑みを浮かべる。
「な、なんです」
「自殺のフリをさせることには、ちゃんと意味があるのさ」
「え…」
戸惑う私に、「皮肉なもんだけど」とサトシは付け足した。「僕達が彼女にやろうとしたことと、スミエさんがミナにやったことは一緒だったんだよ。僕達も、ロープに細工しようと考えていたんだ」
「サトシさん達も、接着剤で?」
「いや、こっちは単に、切れ込みを浅くするってだけ。それだけで、自殺したと見せかけることができる」
「自殺したと見せかける?」
「よく考えてみな。僕達は自らロープを首にかけて、自殺をするんだ。そこでロープを、千切れないような切れ込みのものにすり替えたら、どうなると思う?」
「スミエさんは死ぬ。そして他殺の痕跡が無い以上、自殺したと判断される。そういうことですか」
私の言葉に、満足そうにサトシは笑った。
「首吊りって、シンプルなようで奥が深いものでさ。自殺と他殺とじゃ、同じように見えても全然違うらしいんだ。自殺なら、ロープの痕跡が下から上へ、斜めに入る。ロープが頸部に引っかかって、自分の体はそのまま重力で下がる訳だからね。想像してもらえると分かると思う。
ところが他殺の場合だと、締め上げた痕は水平に入る。これは、相手を真上から押し付けて殺すことが多いからなんだってさ。だったら自殺に見せかけるよう、斜めに首を絞めれば良いのかもしれないけど、生きた人間相手にそれをやるのは結構至難の業なんだよ」
他にも、自殺だと首が絞まって血が頭に行き渡らなくなり、顔が真っ白になる。他殺だと顔面が
つまりは、スミエを自殺に見せかけるためには、彼女自ら首をくくって死ぬ必要があった。難しい話で、細部まで理解できなかったが、まとめるとそういうことなのだろう。
恐ろしく感じつつも、私は一つ気付いたことがあった。
「でも、それだけ明確に計画されていたのなら。どうしてしばらくの間、一緒に自殺のフリをしていたんでしょう」
「それは…」サトシが表情に影を落とす。「スミエさんを誘った時に、知らなかった事実を知ったからさ」
「知らなかった事実?」
彼は
「彼女の旦那が事故を引き起こす原因となった人物がいる。つまり、ミナのことだよ」
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