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「僕達は、スミエさんの旦那のハンドル操作が原因の事故と信じ切っていたんだよ」
事実、対外的にはそうだった。ミナの行動はあくまで偶然であって、故意性は無かったと判断されたのだから。
「スミエさんに、例のドライブレコーダーの動画を見せてもらった。驚いたよ、まったく。ミナ、わざと飛び出したんだね。警察がどう判断したのかわからないけど、素人目には明らかだった」
「そうなれば、ミナにもツケは支払ってもらわないと、不公平だろ。でも」タクヤは大袈裟に肩を落とす。「ミナの足取りが掴めなくってよ」
スミエの話では、彼女は件の事故をきっかけとして、家を出て、各地を転々としていたんだったか。故に、素人が簡単に見つけることはできなかったのだ。
「一年、ですか。随分と時間がかかったんですね」
仕方なかったんだよ、とサトシは頭を掻く。
「探偵に依頼もしたんだけどね。彼女、寝ぐらを変えるたびに別の名前を名乗っていたみたいなんだ。漸く見つかった時には、四季が一巡していたよ」と苦笑しつつ、「でもそのお陰で、スミエさんはサイトのこと、僕達のことを完全に信じ切ったみたいなんだけど」
「信じ切った?」
「誘っちまった手前、スミエさんとは自殺のフリをしなくちゃいけなかったんだ。僕達はそれと並行して、ミナを探した。だから、形上はサイトの目的を果たしていたってこと」
「な、なるほど…」
「でもね」サトシはさらに続ける。「ミナの登場で、少し計画を変えなくちゃならなくなったんだ」
「と、言いますと?」
「歳も大差ある二人が一緒に自殺…だと、不審な点が多すぎるだろ?俺達はサイトの件は明らかにしたくなかったからさ。だから、一役買ってもらおうと思った」
「一役、ですか…」
「スミエさんに、ミナを殺してもらおうってね」
それからサトシは、事細かに説明してくれた。
スミエがミナに、負の感情を抱いていることは間違いなかったし、ミナもまた、初めて話した感覚から、当時のことに反省しているようには微塵にも思えなかった。
そんな二人を会わせれば、スミエに殺意が芽生えることは明らかだった。
「つまりは、僕達の想定どおりに、彼女は動いてくれたってこと」
「…確実ではなかったと思うんですけど」
「別に、すぐにそう動いてくれるとは思ってなかった。でもね、彼女達は、サイトのことを信じ込んでいたんだから。何回か繰り返して、そのうちやってくれればね」
「まさか、一回目でやってくれるは思わなかったぜ。スミエさん、余程ミナのことを殺したかったんだろうね」
事実、彼女はミナの殺害を思い立った訳だから、彼の言い分はあながち間違いではない。
「君の推測どおり、僕はスミエさんに教えといたんだよ。『今回はミナさんがいるから、間違えないよう、それぞれのロープに付箋を貼っています』って」
彼女はその情報から、ミナの使うロープがどれなのかを知った。そして、接着剤で細工を施した。
「僕達はそれに、あえて気付かないフリをした。ほっとけばミナは死ぬわけだから、これ以上楽なことはないからさ」
「スミエさん、自分の計画どおりに事が運んだと思っていただろうよ。意気揚々と、管理人のせいにしていたし。存在しない管理人のな」
タクヤは吐き捨てるようにそう言って、せせら笑う。
「でも、ミナさんはそれで良いですけど。結局スミエさんはどうするんです。それにさっき、追放までして…」
私の言葉を聞いて、口が一回り大きく見える程に笑みを浮かべるタクヤ。私は、それがとてつもなく不気味に思えた。
「本当に追放するわけないだろう。スミエさんにはこれから、自殺という形をとってもらう。そうでしたよね、サトシさん」
「ああ」サトシは肯く。それを聞いたタクヤはくくくといやらしい笑みを浮かべた。
ミナが死んだ日。本当はその日に、彼らはスミエを拘束するつもりだったらしい。それができなかったのは、部外者が、いつまでもここに留まっていたからだった。
「部外者。私、のことですか」
「ええ」
「今日もそうだったと思うんですけど」
「言ったでしょ。ただ単に、カヨさんがまだここにいることを、今日はタクヤ君が失念していたからさ」
面目ない、とタクヤはへへへと笑いながらも、マサキに頭を下げる。「でも、今日はうまくいった。随分と抵抗されたけど、なんとか」
私は口内で渇き、粘ついた唾を飲み込む。彼がさっき「終わった」と言っていたのは、スミエを捕らえておくための作業だったのだ。
これから彼女を自殺に見せかける。拘束した彼女を、二人がかりで宙吊りにさせる。本人の意思でそうした場合と少し違いはあるだろうが、ミナに対する復讐、三年前の事故の件を記した遺書でも遺しておけば、そんなわずかな疑義は払拭されるだろうという魂胆。そういうことだった。
つまりはそれで、全て綺麗に終わるという訳である。
そこで、タクヤはすくっと立ち上がった。
「ようやく…これで、姉ちゃんの仇をとれる。この時をどれだけ待ち望んでいたか」
彼はふぅと大きく息をついた。サトシは何も言わないまま、目を閉じている。しかし彼もタクヤ同様の思いなのだろう。その表情は、達成感に満ち溢れていた。
「姉ちゃんも、空の上から俺達に感謝しているはずさ」
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