スミエが自白したその後。マサキより言い渡された彼女への罰は「追放」だった。

 スミエは認めたが、彼女を警察に突き出すことはできなかった。私達は表向きには「集団自殺」(フリであったにせよ)をするために集まったのである。それ故に警察の介入は、サイトのことはもちろん、最悪マサキらやターゲットの私にもあるかもしれない。面倒であることは、間違いなかった。

 スミエが今回ミナを殺害したのは、私怨によるものである。見境なく人を殺害するようなことはない。故に今後、人生やりなおしっ子サイトに関わらないことを条件として、追放したのであった。

 今、理科室には私とマサキの二人だけ。この前と同じ状況だ。数分前にスミエは出ていき、彼女の後に続く形でジュンも、とぼとぼと去っていった。

「お疲れ様でした、カヨさん」

 マサキが理科室内の机の上にお洒落な袋を置いた。中を見ると、誰もが知っている、高級ブランドのチョコレート菓子の箱。そして茶封筒…中には何枚かのお札が入っていた。

「これ、細やか過ぎますがお詫びとお礼です」

「え、そんな…悪いです」

「いえいえ。カヨさんには、お願い以上のことをしてもらいましたから」

 彼の申し出を断れず、ひとまずはそれらを手に取った。

「ちなみにそのチョコ、常温で食べると風味が増して美味しくなるらしいですよ。店員さんいわく」

「は、はあ。ありがとうございます」

 先程まで誰が殺した、復讐だなんて重々しい話をしていただけに、そう聞いても口内のよだれは出てこなかった。

「…あの」

「はい」

「差し出がましいことなんですけど」

「なんでしょうか」

「良いんですか、あの人」

「あの人…あ、スミエさんですか」

「はい。あんな、その。追放なんて。ここでそんなことを決めてしまって良かったのかなって。一応あの、サイトの管理人の方…」

「サクライですか」

「そうそう、そうでした。そのサクライさん。その方とかに聞いた方が良かったんじゃ」

「ああ」彼はにこりと笑った。「良いんです、もう」

「もう?」

「これで、終わりですから」

 これで終わり?

「それは一体、どういう」

「さて。カヨさんも、そろそろお帰りください。夜も更けてきましたしね」

 ぽかんとした表情の私に、彼はきっぱりと告げる。

 本心としては、今頭に浮かんだ疑問を解消したかった。しかし、それだけの時間は無いようだった。

 とにかく、私がここにいる目的…スミエの罪を暴くことができたのだ。後はマサキらの問題であり、彼らの面倒ごとに付き合う必要はない。

「ありがとうございました」

 それだけ言って、私もまた立ち上がった。そこでふと、机の上に置かれた二本のロープに、目がいった。

 どちらも先程、スミエに見せたものである。私はそれらに近付くと、うち一本…ミナが使ったロープを手に取った。

「そういえば」

「どうかしましたか」

「ミナさんのロープって、他の方のロープと見分けがつかないんですね」

「ええ、そうですが」

「確か、体重に合わせて切れ込みを入れているんでしたっけ。間違ったりしたら、危なくはないんですか」


 やめろ。


「そのために、私が前日チェックするんです。どれが誰のなのか、間違えないために」


 それ以上、気になってはいけない。


 しかし私は、私を止めることはできなかった。

 気になったり、疑問に思ったりした事柄は、自然に口をついて外に放ってしまう。よくないことだと分かっているのに。分かっているはずなのに。

「でも、こうして見ると、見分けがつかないと思いますけど。マサキさんならともかく、スミエさんはミナさんがどれを使うのか、どうやって知ったんでしょう」

 私の発言に、マサキは作ったような笑顔を浮かべた。

「付箋を貼っておきます。名前を書いた」

「でも、そのことを知っているのって、マサキさんだけですよね」私は一度、息をついた。「何だかスミエさんのやったことって、事前に誰がどのロープを使うか、知っていることが前提の話のような気がして…」

 そこまで言ってから、私は口をつぐんだ。先を続けることができなかった。その可能性に、気付いたから。

 スミエがミナの殺害にロープの細工なんて、考えついたのは、ロープの見分けがつくことを知っていたから。

 では何故、それを知っているのか。彼女はどうやって、それを知ることができる?

「マサキさん」

 マサキを見る。彼は笑顔のままだ。今、この瞬間。彼の笑顔は、私の背筋を氷点下のごとく凍らせた。

「カヨさん」

 彼の声は、それまでの声質とはまるで異なっていた。

「知らなくて良いこともある。あなたはそれを知った方が良い」

 口調も氷のように、冷たい口ぶり。無意識に体が震えてくる。その場から動けない私を一瞥した後、彼は理科室の出口を指差した。

「お帰りください。早く」

 有無を言わせないような凄み。私は声が出なかった。出せなかった。彼の言うとおり、知らない方が良い。関わらないことが、身のためだ。瞬時に判断し、私は彼を背にして出口へと走り出す。

 その時だった。

 ばたばた。前方から慌ただしく、大きな音が聞こえ始めた。

「サトシさん、終わったよ。いやあ重くて重くて」

 理科室に入ってきたのは、先程出て行ったジュンだった。彼はマサキの目の前にいる私の姿を見た途端、目を大きく見開いた。そして恐らく私も同様に。

「あ。カヨちゃ…」

「ジュン、さん」

 マサキは私とジュンを交互に見て、大袈裟に溜息をついた。そんな彼を、私は凝視する。

 聞き間違いではない。ジュンは今、彼のことを…

「サトシさん、なんですか」怖々と聞く。「マサキさんじゃなくて」

 マサキは諦めたように息をついた。

「ええ、そうです。本名は、オオヤサトシと言います」

「オオヤ、サトシさん…」

「ジュン君。君のせいで誤魔化せなくなったじゃないか」

 マサキはジュンを睨むと、彼は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

「ご、ごめん。カヨちゃん、もう帰ったんだって思って」

「君の方が先に出たじゃないか」彼は肩をすくめる。「まあ、でも良いよ、もう。仕方ないから」

 彼らのやり取りを目の前に、私の頭の中は全く整理がついていなかった。

 名前を偽っていた、マサキ。そして彼らの口ぶりから、ジュンもまた偽名の可能性が高い。

 加えて、恐らくスミエにロープの見分けがつくことを教えたのもマサキなのだろう。

 どうしてそんな真似を。その理由も分からない。

 一人混乱する私を見て、マサキ…もとい、サトシは笑顔を見せた。

「もう分かっていると思うけど。僕と彼はぐるだったんだ」

「ぐるですか」口調も雰囲気もまるで違う彼に、半ば緊張する。

「うん。この際だから言っちゃうけど、実はあのサイト自体も、偽物なんだよ」

 あのサイト…人生やりなおしっ子サイト。しかしそれが偽物というか、ヤラセであることは既に聞かされたとおりである。

 私の表情から察して、サトシはかぶりを振った。

「昨日話した内容もまた、でっち上げということ」

 私はあんぐりと口を開けた。

 自殺のフリのことか。ということは、実際にしていたのは、フリでは無かったということか。つまり、本当に自殺をしていたということなのだろうか。

 しかしそうであれば、彼らはもうこの世にいない。当然だ。ゲームじゃあるまいし、現実ではそう簡単に死ぬなんてできやしない。

「うん。少し端折り過ぎたから、きちんと話すよ」状況把握ができていない私を察してか、サトシは話してくれた。「人生やりなおしっ子サイトは、僕とこのタクヤ君とで作り上げた。復讐のためにね」

「タクヤ君…」

「俺だよ」サトシの隣にいるジュンが、自分の胸を叩く。

「復讐、ですか」

「うん」

 彼の話によると、実際には管理人なんて存在しないし、サイトもまた、自殺志願者を助けるために作成されたものでもないと言う。目的は「復讐」だった。

「復讐なんて。一体、何の。それに、誰に対するものですか」

 戸惑いつつも尋ねると、サトシは私の目を見た。

「カヨさんには話したはずだよ。僕の婚約者のこと」

「マサ…いえ、サトシさんの婚約者」

 確かにその話は聞いていた。数年前事故に遭い、命を失ったという。


 ——数年前に、事故?


「その表情。わかったかな」

「まさか」

「ああ」サトシは強く頷いた。「三年前、スミエさんの旦那が運転する車と正面衝突した相手。それ、僕の婚約者だったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る