廃校の一室で、自殺未遂をした日の夜。

 今考えると、あの日あの一室に最後まで残ってさえいなければ。マサキと会話をしなければ、私はそれを知ることはなかったのかもしれない。

「カヨさん。それが本当なら…」

「はい。スミエさんが、ミナさんを殺したのかもしれません」

 スミエによる、ロープの細工が行われた可能性が高いこと。それをマサキに伝えると、彼は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

「違う…と言いたいところですが、改めて考えれば、確かに彼女はかなり怪しいと思えます。 確かに、ミナさんのロープも彼女が率先して切りたいと申し出ました」

 己の考えに賛同してもらえて、内心ほっとする。そんな私を見たマサキは、一人納得したように頷いた。

「少しカマをかけてみましょうか」

「カマ?」

「ええ。このロープの細工に、気付かなかった。それを彼女自身の口で言わせるよう仕向けるんです。先程彼女は細工のことを言いませんでしたが、鋏で切っている以上、気付かないわけがないのですから」

 つまり、逃げ道を無くす訳である。

「そしてその誘導は、カヨさんにやってもらいたい」

「私…ですか」

「私やジュン君では、彼女との関係が濃いだけに、変な態度で接すれば勘付かれる可能性があるんです。その分、ある意味部外者であるあなたから言えば、彼女も油断してボロを出すかも」

 私が。思わぬ形で大役を任され、緊張が高まる。

「無理にとは言わないです。カヨさんにはかなりご迷惑をかけていますし。もしできればという…」

「やります」

 半ば食い気味で、了承の意を示す。


 ——あなたに仕事なんて、任せられないわ。


 上司だったカワノの顔、口調、言葉が、頭の中に浮かんでくる。

 前の会社で私は、常に周囲から見下されていた。おどおどして、ミスが多くて。そんな風に、いつも見られていた。カワノからの重圧であることは自分が一番分かっていたし、消極的な性格が災いしていることも、理解していた。

 そんな私に、彼は大役を任すと言ったのだ。たとえ今日、初めて会ったのだとしても、私という人間がどんな人間であるのかは分かったはず。そうだというのに。


 この人の、力になりたい。


 マサキは目を今より少しだけ大きく見開いたかと思いと、「ありがとうございます」と柔和な顔つきになった。

「そうしましたら、早めに話をつけた方が良いですね」そこで彼は少し考え込むと、「明後日はいかがでしょうか。明後日の夜、私は適当な嘘をついて、彼女をあの廃校に呼び出します。そこで、やりましょう」

「明後日…」

 カワノの顔が消え失せ、今度はスミエのあの、優しい微笑みが宙に浮かんだ。あの人がやったなんて思いたくない。しかし現状、疑いようがないのだ。

 やるしかない。私は無言で頷く。

「時間は後で連絡します。あ、それとジュン君にも、私達に協力してくれるように言っておきます。彼も事前に知っておいた方が良いと思いますから」

「よろしくお願いします」

 それだけ言って、私は深々と頭を下げた。


「それじゃ、私も今日はいい加減帰りますね」

 二度目になり自ら苦笑しつつも、私は部屋の出口へと進んでいく。そんな私を、マサキは「あの」と呼び止めた。

「カヨさん、待ってください」

「え?」振り返ると、彼は俯き加減に私を見た。

「実は、その。お話があって」

「お話?」

 もしかして、先程一度言いかけたことなのだろうか。

「ここまでご協力いただく代わりに、私が気付いたことについて、やはりあなたに聞いてもらいたい」

「気付いた、こと?」

「このことを、どう解釈するかは、カヨさんにお任せしますが…」

「あの。おっしゃっている意味がよく分からないのですが」

 眉根を寄せ問うと、彼はこほんと一つ咳払いをした。

「あなたが車内で話してくれた際に出てきた…確か、カオルさんでしたっけ」

「は、はい」

 姉の名前が出てくるとは思わなかったため、少々声が上擦る。そんな私を一瞥した後、彼は大きく息を吸った。

「彼女。あなたのお母様の死に、関係していると思いますよ」

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