心臓が体内で弾けたかのように跳ね回る。わなわなと震えつつ、スマートフォンに再度目を向ける。

 「satou.mina」。サトウミナ。その名前から、彼女の顔を頭に思い浮かべた。どうして彼女から連絡がくる?彼女は昨日、死んだはずだ。

 血の気の引いた、青白い死に顔。目や口からの血とも何とも言えない液体。排泄物の、嘔吐をいざなうあの悪臭。思い出して、またもや吐きそうになる。冷たくなった指で、画面を下にスクロールしていく。

『しんじゃった』

 一文。数十行分の改行の後、続きが書かれている。

『あたし、しんじゃった』

「え…」

『しんじゃった。しぬつもりなんてなかったのに。

 あたし、ほんとうはいきていたかったのに』

 力が抜ける。

 どうして。

『しんだのは、あんたのせい』

 どうして私に、そんなことを言うのだ。

(私のせいじゃない)

 そうだ。私のせいではない。そもそも、死んだのは彼女自身の蒔いた種ではないか。そう、分かっている。誰であっても、そう言うに違いない。

 私は何も悪くない。私は、何もしていない。それは何度も自分に言い聞かせているというのに。

 どうしてこうも、心が揺れ動く?

「…」

 そこで私は一度目を閉じた。思わず取り乱したが、冷静に、もう一度考えてみろ。ミナは昨日死んだはず。この目で死ぬところをきちんと見たし、その場にいた全員で確認もした。あれは夢ではない。瞼を閉じても、あの凄惨な様を鮮明に思い出せる。

 それならば、どうして彼女は私に連絡することができる。

 瞼を開け、何度か瞬きをする。

 もしも、ミナが実は死んでいなかったとしたら?

 それならば今、このとおり。メッセージを送ることも簡単である。

 …ミナは死んだふりをしていたのか?

 そうなると、別の疑問が湧き出てくる。「何故?」という疑問が。何故、死んだフリをしなくてはならないのか。私以外の人間もいる中で、わざわざ人を騙すようなフリをしたというのか。

 そうか。

 彼女は気がついたのだ。

 私がしたことに。あのことに。だからこそ、気付かれないように、上手くあの場をやり過ごした。死人のフリをして——。

 いや。私は一人、首を横に振った。

 何を考えている?彼女が生きている?あり得ない。根拠は私自身の記憶。脳みそに刻まれているかのような、ミナの死に様。あれが演技だとすれば、それこそ売れっ子の役者並みの演技力。しかし彼女はそうではない。

 ミナの死は、間違えようのない事実。そう考えると、彼女がこのメッセージを私宛に送るには、どうすれば良いのか。

 方法は一つ。彼女のフリをした別の何者かが、彼女の携帯電話を使って、メッセージを私に送ってきているのだ。それなら、彼女が死んでいたとしても、なんら問題はない。

 そうであれば、その誰かとは何者なのか。

 何故、ミナの携帯電話を使えるのか。

 何故、こんなメッセージを私に送るのか。

 全ての答えは、割とすぐに浮かんだ。

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