12
その場を去る彼らに目をやりつつ、座ったままのマサキに私は近寄った。
「どうされました?」彼は虚ろな目で私を見る。
「あ、いや。あの…皆さん、あっさり帰られたなって」
管理人への報告は、マサキ以外関係のない話なのだと思う。しかしミナの遺体の処理等の後始末は、当事者である以上マサキだけでなく、彼らもやるべきではないのだろうか。
それに、皆淡白なものである。彼女が死んでから一時間も経過していないのだ。私と違い、仕事仲間が死んだのである。無理に哀しめとは言わないが、少しくらいは哀しむ素振りを見せても良いとは思うのだが。
管理人のミスが主たる原因…つまり、自分達のせいではないと分かったが故の、薄情さだというのか。
「まあそんなものですよ、友達ってわけじゃないですから」
乾いた笑いを浮かべた後、彼は私の目を見た。
「カヨさんは帰らないのですか?」
「あ、はい。まあ」
「そういえば、車で来られていましたよね。あれ、道の駅に置きっぱなしになったままでしたか」
私は愛車の姿をぼんやりと思い浮かべる。
「大丈夫です。あそこは隣の駅からぎりぎり歩いて行ける距離だったので。そこまでは、電車で向かいます」
「そうですか」
「…元気、ありませんね」
そう声をかけると、彼は表情に翳りを見せた。
「いやあ。えっと、管理人にどう言えばいいのかと思いましてね。先程はああ言いましたが、結局切れ込みの深度は私も見ていますから。結局色々言いくるめられて、私が責任を取らなければならないかもしれないので」
「それは、なんというか」
彼がスミエの主張後、どこか気が気でない様子だったのはそういうことだったのか。
責任を取るといっても、何をどうするのだろう。人が一人死んでいる以上、ただ頭を下げるだけで終わる話ではないことを、カヨも察していた。
マサキは「いいんです」と首を振った。
「でも本当に、あなたには迷惑をかけしましたね」
彼は本当に申し訳なさそうな顔をして、頭を下げる。この腰の低さといい、弱々しいところといい、彼の今の姿は、まるで働いている時の私と、若干重なる点があった。
「そういえば」
「はい?」
「騙しておいて、そして死人を出しておいて言うのもあれですが。カヨさんに二つお願いしたいことが」
「なんです?」
「まず一つ目、今回の件は他言無用でお願いします」
なんだ、そんなことか。
「もちろん、そのつもりです。というより、自殺したけど失敗しただなんて、言えませんよ」
それに、ミナのこともそう。警察に伝えたら伝えたで、自殺のフリをしていた彼らだけではなく、それに参加していた自分にも捜査の目が向く。面倒なことになるのは、想像できた。
「ありがとうございます。では、二つ目のお願いになりますが…今後、こんなサイトを使って自殺しようだなんて考えないでください。ネットにある類似のサイトは、私達みたいな嘘モノばかり、むしろそれしかないと言っても良いほどです。集団自殺をしようなんて言って、参加者を乱暴したり、金品を奪って挙句殺したり。そんな実態のサイトもあります。嫌でしょう、そんなことになったら」
「それは…確かに嫌です」
当然の感情だった。いくら死にたいと思って参加したとはいえ、無残に殺されたり、汚されたりすることを求めている訳ではないのだから。
「第一、自ら命を失う行為なんて、良いこと一つないんです。何も」
「あの。マサキさんはどうして、この…仕事をしているんですか」
仕事と呼んで良いものなのか分からないが、とりあえず今はそのまま、思ったことを聞いてみる。
「どうして、とは?」
「車の中で教えてくれた話。あれ、作り話なんでしょう」
「車の中…ああ、自殺の理由ってやつですか」
この集団自殺が
「それなら、マサキさんがこうして、こういったことをしている理由が分からなくて」
「まあ、そうですよね。良いでしょう、少し話しますか」
彼に促され、私も椅子に座った。
「カヨさんが知りたいことを話す前に、私達の話した自殺の理由について、話す必要がありますね。カヨさんの推察どおり、あれはスミエさん、ジュン君、ミナさん個人個人に考えてもらった創作物です」
彼の話によると、私がサイトに登録した際に思ったとおり、人生やりなおしっ子サイトには、複数のグループがあるようだ。各グループはリーダーを筆頭に三から四人で構成されており、そこにターゲットが一人加わることで仕事を行なっている。
聞けば毎回、リーダーであるマサキが、他のメンバーに嘘の理由の考案を依頼しているのだという。
自殺理由はきちんと準備をする必要がある。自殺するまでにターゲットと話す時間はあるだろうし、その際に理由が漠然としたものであれば、自殺のフリであると早々にばれてしまうかもしれないからである。
だが。自殺の理由の内容は、自由になんでもよい…ということでもないようだ。
「どんな理由にするか、私から方向性は示します」
「方向性?例えば、えと。こんな内容の理由を考えろ、とか?」
「簡単に言うと、気持ちの共有のために一人はターゲットと同じような理由、そしてほか二人は何も関係ない理由。こんな感じです。加えて、全員異なる理由にすること。そうすることで、私達に接点が無いよう装えます」
「つまり今回なら…」
ジュンが気持ちの共有のために、私と似通った理由。マサキ、スミエ、ミナはそれとは関係のない、それでいて各々異なる理由を作ってきたという訳である。
「話は事前に皆で共有し、現実味のあるものに昇華します。でも、彼らの話が嘘か真か、私でも判断つきません。もしかすると、本人自身のことを言っているのかもしれない。でも別に、そこに真偽は問わないんです。大事なことは、ターゲットにバレないことですからね」
「なるほど…」
素直に感心する私に、マサキはふふっと笑った。
「あと、そうですね。ついでに言えば、初めて聞く人でも分かりやすい内容にすることは、口を酸っぱくして言っています。ターゲットというか、第三者が聞いて理解できない理由だと、共感し合えないですから」
確かに…私は車内で彼らの話を聞いたが、どれも一度聞いただけですんなりと理解できた。それが例えば「なんとなく死にたくなった」なんて抽象的な理由だと理解できないし、逆に具体的な、専門的な理由を並べられても理解できない。簡単なようで、程度を計るのは難しいように思える。
「マサキさんはどうだったんです?」
「どうというのは?」
「車内で話された自殺の理由のことです。本当のことだったのかなって」
「ああ。うーん、そうですね。なんと言えばいいのやら」
彼が車内で話した内容。婚約していた恋人に裏切られ、衝動的に殺害してしまったという内容。今思えば、あれはお世辞とも理解しにくい内容だった。心の中で苦笑しつつも、あえて何も言わずに尋ねてみた。
「半分本当で、半分嘘です」
「半分?」
「嘘の部分は、恋人が
つまり、彼は殺人犯では無かったということになる。私は少しだけ安堵した。
「殺していないとすれば。マサキさんは今もその人と?」
尋ねると、彼は首を横に振る。
「いえ。もう一緒にはいませんよ」
「え、それって…」
不貞は無かったとしても、何かしらの理由で離婚したのだろうか。
「彼女は亡くなりました。その部分は、本当のことになります」
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