13


「亡くなられたんですか」

「ええ」

「一体どうして」

 詮索するような内容ではない。もちろん分かっていた。分かっていたのだが、頭に浮かんだ疑問と強い好奇心を、押さえつけることはできそうになかった。

 マサキは私をちらりと見ると、「事故です」と一言。

「数年前。反対車線を走っていた車と衝突して。運が悪く、即死だったそうです」

 彼の話によると、相手の車は大幅な速度超過をしていたという。車はそのスピードのまま、ハンドル操作を誤ったか何かで中央分離帯を超え、彼の恋人の車と正面衝突をしてしまった。

「当時、彼女とは入籍する直前でした。彼女の弟からそれを聞いて、仕事を投げ出して病院へ向かいました。道中、夢であってくれと何度祈ったことか」

 しかし、そんな彼の祈りは届かなかった。

「初めは、他人事のように思えました」掠れた声で続ける。「心が、どこかに出かけてしまったような感覚で。実感しようにもできないというか、なんというんでしょうね。

 多分、人の心というものは、上手く出来ているんだと思います。強いショックから身を守るためなのか…現実と、それを受け入れることの間には時差があるみたいなんです。涙が出てきたのは、少し経ってからのことでした」

 切なげな表情で話す彼に、私は口をつぐんだ。なんとも、やるせ無い話である。将来を誓い合った相手が、意図せずこの世を去ってしまうなんて。


 ——運が悪かった。それだけなんだと、思います。


 廃校への道すがら、私が自殺したい理由を話した際、彼がかけてくれた言葉。そして、カオルもまたかけてくれた言葉。運が悪かった。一言で言えば彼もそういうことになるが、私とは比にならない程に悪い。反対車線から車が突っ込んでくるだなんて、そしてそれが恋人の車に衝突するなんて、なんたる悪運だろうか。

「ぶつかってきた相手はどうしてそんな、その、衝突してきたんでしょう」

「それが」私の質問を聞き、マサキは少々言い淀む。が、意を決したように続きを話した。「それが、よく分からないんです」

「分からない?」

「ぶつかってきた相手もまた、その事故で死んでしまったのですから」

「そ、そんなことって」

 つまり彼は愛する人とその仇もまた、失ってしまったことになる。

「相手が生きていれば理由も聞けただろうし、それこそ、復讐とやらに燃えることができたのでしょう。私はどちらも、叶わなかった」

「マサキさん…」

「そんな時。この仕事のお誘いを受けたんですよ」

 彼によれば、このサイトの運営側の人間もまた、自殺志願者同様「不幸な者」の集まりなのだという。そもそも、そういった事情を抱える者に声をかけているそうだと、マサキは言った。

「今まで、うまくやってきました。リーダーを任されてからは、ジュン君、そしてスミエさんと。楽しく、というと何か意味合いが違いますけど。ここまでやってこれました。チームワークは取れていたんです」

 マサキはそう言うと、大きく伸びをした。

「でも。こう言ってしまうとなんですが。あまり雰囲気は良くないように思えましたけど」

「良くない?」

「ほら、行きの車内で。ミナさんとスミエさん、少し険悪なムードになったじゃないですか。それにここに来てからも。マサキさん、彼女に苦言をていされていたかと」

「ああ、はい。そうですね確かに」

 思い出したようにマサキは何度も頷く。

「あれは仕方ありません。ミナさんは今回、私達のグループに初めて入ったのですから」

「そうなんですか?」

「はい。もともと、彼女は別のグループにいたんです。ですがそのグループが人数不足で解散して。それで、ここにやってきた」

 ここ数年の間はマサキ、ジュン、スミエで回していたそうだ。

 すとんと落ちるものがあった。ミナが死んだというのに、ジュンとスミエがあっさりとこの場を去ったのは、ミナとの付き合いが浅いが故のことだったのだろう。

「ミナさん、少し破天荒なところがありまして。事前の打ち合わせでは百歩譲って良いですが、こうして本番になってもその性格が変わらなくて。少し呆れてしまって」

「そうだったんですか」

 彼がこの場所に着いてからミナを強い口調で責めたのは、それまで彼女に対して溜まっていた鬱憤うっぷんを口走ってしまったのだという。

「車内でも、考えたらミナさんからスミエさんに突っかかっていましたよね」

「困ったものです。でも、だからといって死なれてはそれ以上に困るのですが」

 それはそうだ。自殺のフリが失敗してメンバーが死んだなんて、リーダーとして…いや、リーダーじゃないとしても、良い思いはしないだろうから。

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