11


「ロープに問題があったから、こうなったんじゃないですか?」

 そう切り出したのは、ジュンだった。

「どういうことでしょうか」

 マサキが訊く。ジュンは眉間に皺を寄せた。

「さっきから考えていたんです。ミナが使ったやつ。あれ、きちんと細工されてなかったんじゃないかって」

「と、いうと?」

「切れ込みが入っていなかったって思っているんですよ。ほら、俺達が使ったやつを見てください」

 ジュンはそう言うと、先程私に見せるためにフックから外したマサキのロープを手に持った。その首をかける輪は、彼が落ちたことで、千切れてしまっている。

「あ…切れ込みが入ってますね」

「そうそう」ジュンは私ににこりと笑いかけた。

 千切れたロープの輪の両端は、切れ口の半分以上綺麗に…それこそ鋭利な刃物で切ったかのように、ロープと垂直に、真っ直ぐ切れていた。

「これがロープの細工。全部のロープに仕込まれている。そういう話だったわけですよね」

 私は、自分が吊られていたロープを見た。フックにぶら下がるそれは、変わらずだらりと垂れ下がっている。ミナの死に際、彼女の両手も同じように垂れていたことを改めて思い出して、身震いする。

 彼は黒目のみ、じろりと皆に動かす。

「だから普通は全員自殺のフリ、成功する。でしょ?」

 しかし、ミナは亡骸なきがらと化した。故に、彼女の使ったロープに細工…切れ込みが入っていなかったというのが、彼の推論だった。

「それなら」そこでスミエが、先程のジュンと同様フックからロープを外し、ジュンに手渡した。「これ。あの子が使っていたロープよ。さっき私が切ったやつ」

「あ、はい」ジュンは両手でそのロープを受け取る。

「確認しましょうよ」

「それが一番早いっすね」

 ジュンはロープに目を這わせる。そして、数秒後には眉と口をへの字に曲げた。

「どうなの?」

「あ。い、いや」彼は若干吃りつつと、ロープを机の上に置いた。「ははは」

「なに?どうしたのよ」

「なんか、切れ込み、あるみたいなんで」

 張っていた気が、ふっと抜けたように思えた。

 その後私もそのロープを見たが、彼が言ったとおりだった。先程スミエが使った鋏のせいか、ささくれ立っているが、千切れた両端は半分程度、事前に入れていたであろう綺麗な切れ込みが入っていた。この切れ込みが、彼らのいう細工なのだろう。

 でもこの切れ込み、なんだか……

「理科準備室から持ってきたのは、私ですよ。ロープに問題がないかどうかは昨日の夜、既にチェック済みなんです」

 マサキは肩をすくめる。彼の話によれば、ロープは自殺決行の前日までに、管理人が理科準備室に人数分置いておくらしい。その後、前日に最終チェックをするというのが、彼の仕事の一つだったという。

 たとえばジュンの言うとおり、切れ込みが無い等のミスがあったとしたら、今回みたいに死者が出てしまう危険性が出てくる。そんなことが万が一にでも発生しないように、用意する人間と実際に使う人間、両者の目で確かめるようにしているのである。

「ついでだけど、私も気づいていたわよ」

「スミエさんも?」

「ええ。あれを千切る時に、切れ込みがあるってね」

 確かに、あれほど間近でロープを見ていれば、気付かない訳が無い。ジュンは大袈裟に溜息をついた。

「なんだよ。じゃあ、今俺が言ったこと、最初から全て間違いじゃないっすか。マサキさんもスミエさんも、人が悪いっすよ」

「すみません。本当は止めようと思いましたが。ジュン君が自信満々に話すので、少し聴きたくなっちゃって」

「冗談じゃないですって、もう。恥ずかしくて死にそうっすよ、俺」

 ジュンは額に手を当て、ぐったりとこうべを垂れた。そんな彼を見て、マサキは両手を叩く。

「とにかく、ロープに不手際がなかった。そういうことになりますね」

 しかし、ミナは亡くなっているのである。

 これはどういうことなのだろう。再び話し合いは、振り出しに戻る。しかしそれはほんの一瞬だった。

「管理人じゃない?」

 達観たっかんした声。全員がスミエを見る。彼女は皆の視線に臆することなく、続きを話す。「ほら。ミナちゃん、小柄で痩せているでしょ。そこにいるカヨちゃんよりも、多分」

 そこでスミエは、私の目の前で掌を振った。

「ああ、カヨちゃんが太っているって訳じゃないわよ?ただあの子、それこそ四十キロ程とか、軽かったんじゃないかしら。マサキさん、切れ込みの深さって個人に合わせて変えているのよね」

「ええ。ターゲットじゃないですから、そうですね」

 マサキの答えを聞いて、スミエは肯く。そうして、ミナのロープをジュンから受け取った。

「でもこれを見ると、私と同じ程度の切れ込みしか入っていない気がするの。流石に彼女と私が同じ程度の切れ込みじゃ、間に合わないんじゃなくて?」

 それもそうだ。力も人それぞれ、体重もそう。見た目からも判断できるが、本人が言うだけあって、スミエはカヨよりも体重があるに違いない。そう考えると、彼女の主張はもっともだった。

 スミエは次に、理科準備室を指差した。

「マサキさん。ミナちゃんの体重とか、そういった個人情報って管理人に伝えていたのよね」

「は、はい。そりゃもうきちんと」

 してやったといった顔で、彼女は口の端を上げた。

「にもかかわらず、切れ込みが甘いのなら。間違いなく、お上の責任でしょう。マサキさんが前日にするチェックって、結局切れ込みの有無ぐらいでしょ?流石に切れ込みの深度の具合までなんて、確認してないわよね」

「そうですね、そこまでは…」

「それが正しいかどうか、判断できないものね」

 彼女の言葉に、項垂れていたジュンが息を吹き返した。

「スミエさんの言うとおり。切れ込みがあったってことならさ、俺達は何も悪くないんだよ。ミナの体重に合わせて切れ込みを入れていなかった、管理人さんのミスってことだろ。なあ、カヨちゃんもそう思うよな?」

「あ、そ、そうですね」

「そうよねそうよね。マサキさんも、そうかしら」

 スミエはマサキに呼びかけるが、当の本人はまるで、話を聞いていないかのように腕を組み、気難しい表情を浮かべたままだった。

「マサキさん、どうしたんすか?」

 ジュンが呼びかけると、彼は「あ」と声を上げた。

「すみません。少しぼうっとしちゃって」

「何か、気がかりなことでもあるのかしら」

 スミエが問う。彼は慌てて首を横に振る。

「いえ、そんなことは。確かにスミエさんの言うことには一理あります。管理人が用意したロープに不備があった。これはもう、決定的な気がします」

「そうでしょ。だから、私達は何も悪くないのよ」

 両掌を挙げ、やれやれと首を振るスミエ。そんな彼女の横で、ジュンは唸った。

「そう考えると腹が立ってきたな。管理人のミスだとしたら、なんで俺たちがこんなに考えなくちゃいけないんだ」

 そうは言っても、スミエの推論は推論であって、確信ではない。しかし皆同意するように、スミエの言い分はあながち間違いでは無い気がした。

「そう言わないの。とりあえず、マサキさん」

「あ、はい」

「この件、管理人にきちんと伝えておいてね」

 終始強気な彼女の姿勢に圧倒されつつも、マサキは首を縦に振った。

「わかりました、連絡しておきますよ」

 そこで、「よし」とジュンは立ち上がった。

「さて。じゃあ今日は俺達、これからどうしますか」

 彼の問いに、マサキは目線を斜め上に向け、首を少し横に傾けた。しかしすぐに私を除いた二人を見る。

「今日のところはお帰りいただいて構いません。ただ、車は私名義のものなので、電車でお願いしますね」

「あれ、マサキさんは帰らないのかしら?」

「私は後で行きます。少し、ここでやることがあるので」

「やること?」

「今回はほら、後始末がありますし。もしかすると、管理人がここに来るかもしれないですから」

「いつも思うけど、管理人ってどんな人なの?」

 スミエが問う。マサキは「すみません」と首を横に振った。「それは言えない決まりなんで」

「いつか会ってみたいですよね、管理人」とジュンも追随する。「会わせてくださいね、マサキさん」

「そうですね。いつか」

 管理人はマサキしか知らないのか。部外者の私でも、その存在には興味があったが、私が何か言うことでもないので、そのまま黙っておくことにした。

「帰ります。何かあったら、また連絡ください」

 ジュンは軽く頭を下げた後、颯爽さっそうに理科室を出ていった。それを皮切りに「じゃあ私も」と、スミエもこの場を去っていった。

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