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それにしても、先程から私は四人に聞きたいことがあった。
「皆さん、今日が初対面じゃないんですか」
気になっていた。彼らがもし、今の自分同様に今日初めて会ったのであれば、ここまで個々の事情を知っているはずがないのだ。ジュンがミナを呼び捨てにするのも、ミナがスミエを「おばさん」呼びするのも、顔見知りであるからこそのことではないだろうか。
「カヨちゃんの言うとおり、俺達一回会ってるんだ」
ジュンを見ると、彼はバツが悪そうに頭を掻いた。
「そうだったんですね」
「ああ。事前の顔合わせってやつ?カヨちゃんが加わる少し前かな。いつでしたっけ?」
「二週間と少し前ぐらい前のことじゃなかったかしら」
「そう、それくらいの時にやったんだよ。なんだか申し訳ないね、雰囲気から蚊帳の外みたいにしちゃったかな」
「い、いえいえそんな」
慌てて私は首を横に振る。考えたら途中参加の私と違い、彼らは当初から参加しているのだ。私が入る以前にそんなことがあっていたって、おかしくはない。
私が納得する様を見て、ジュンは「さあ」と、前方に声をかけた。
「俺とスミエさん、カヨちゃんの三人は話したぜ。次はミナ、そんでマサキさんにも話してもらわないと」
「ええー、あたしも話すんですかあ」
スミエとのやりとりのことは忘れたかのように、ミナはわざとらしく唇を尖らせる。
「うーん、困りましたね」それまでほぼ空気と化していたマサキもまた、苦笑いを浮かべている。そんな彼らにジュンは肯く。「ここで出会ったのも何かの縁。そうだろ?この世の最後の時を共にする仲間がどんな奴か、知っておいて損はないと思ってさ。ほら」
彼は腕をのばして、ミナの肩をポンポンと叩く。彼女は恨めしそうに彼を見た後、ぶすっとした表情で、「分かりましたー」と諦めたように溜息をついた。
ミナが後部座席を振り返る。可愛らしく整った顔立ち。男はこれに、ころりと騙されるのだろうか。自分にはこれっぽっちも無い要素だな、と私は自らを卑下する。
「カヨさんだったよね」
「は、はい」
「あたしがここにいるのはね。えっと、親のせい。そう、親のせいなのよ」
「ミナさんの両親は、毒親と呼ばれるものらしいんですよ」
すかさずマサキが付け加える。ミナは唇をきゅっと結ぶ。
「毒親?」
「子どもに悪い影響ばかり与える親のことよ」
説明してくれたスミエに、私は軽く頭を下げた。
「あたしの親、管理欲があってさ。あたしがちっさい頃からやることなすこと、全て制限する人達だったの。門限はもちろん、誰と連絡とってるとか、寝る時間とか。我慢できないレベル。今も変わらずそう。もう、二十歳なのによ?耐えきれなくって、数ヶ月前に家出したの」
「ははあ」
「あたし、男友達が沢山いてさ。匿ってくれそうな奴の家を転々としてた訳。まあ、代わりにあいつらの相手をしてやっていたし。なんていうの?ウィンウィンな関係ってやつ?」
「相手、ですか」
何の相手なのかは察するものがあった。そういうのに疎い私は、想像して思わず恥ずかしくなり、一人体が熱くなる。
「でも結局、親に見つかっちゃったんだよね。だけどそれで、親が何をしたと思う?その時あたしがいた家主の男を何度もぶん殴って、病院送りにしたの。あたしが止めなければ、多分殺していたんじゃないかなとは思う」
ミナは身震いしながらも、小さな声でそう告げた。
「それから、しばらくはずっと家にひとりぼっちだったわ。外から鍵をかけられて、まるで監獄ね。あたし、悟ったの。ああ、あたしの人生は、この人達に一生支配されて終わるんだろうなって。そう考えたらもう生きててもつまらないし、死んでも良いかなって」
子は親を選べない。おかしな親のもとに産まれてしまう、不幸な子は沢山存在する。被害者と言っても過言ではなかった。
「だからあたしはここにいるの。…こんな感じで良いんですか?」
「いやいや、私に聞かないでくださいよ。話せって言ったジュン君に言ってください」
「それで俺に聞かれても困るだけっすけど。まあいいよ、それくらいで」
苦笑いを浮かべるマサキとジュンの両者をちらりと見つつ、「はい」とミナは両掌を合わせた。
「話はこれで終わり。次、マサキさん。どうぞ」
「私ですか」
運転中の彼の顔色は、後部座席に座るカヨからは伺えないが、声から判断するに動揺しているようだ。
「こほん。ええと、わかりました。じゃあ、少しだけ」
ちょうど赤信号にさしかかり、車が停車する。マサキはふぅと息をついた。
「私には以前、結婚を約束していた恋人がいたんです。でもそんな彼女には、どうやら…私以外に好きな人がいたようで」
はははと軽く笑いつつ、マサキは続ける。
「馬鹿な男です、私は。彼女にとってみれば、私はただのキープだったんです。愛してる、結婚しようだなんて。笑い話ですよ、まったく」
誰も笑えないし、何も言えなかった。それは車内にいる全員が全員、そうだ。
「彼女の不貞が分かった瞬間、生きる希望が無くなりました。もう、どうでもよくなって。それで」
そこで彼は大きく息を吸った。
「気が付いたら、彼女を殺していたんです」
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