九月二十四日。

 とうとう、当日を迎えた。

 私は戦々恐々としつつも、午後九時。指定された奥多摩の道の駅に、車で向かう。

 約束を取り付けてからこの日までの二週間、きちんと身辺整理をしてきた。光熱費は止め、衣服やら家具等も、袋詰めにして全てを片付けた。貯金は後に残らない程に散財した。今、私の財産と呼べるものは、もはやこの車のみ。

 いや、スマートフォンもそうと言われればそうだ。車内センタートレイに置かれた、ピンクの手帳型ケースに包まれたそれに目をやる。人生やりなおしっ子サイトのサクライから言われた、グループのリーダーとやりとりをするために、解約していないだけなのだが。

 道の駅は山奥にあった。売店は閉まっており、光源は自動販売機と公衆便所からの蛍光灯の光だけ。のっぴきならない事情が無い限り、この時間こんな場所に人が来ることは早々無いだろう。


 駐車場に入ると、そこには白いミニバンが一台と、男が二人、女が二人。どうやら彼らが、そうらしい。

「君が二週間前に加わった、もう一人?」

 自分の車から降りると同時に、サーファー並みに色黒、背丈のある彫りの深い顔の男が、気さくに話しかけてきた。

「あ、はい。カヨです。皆さん、よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げると、色黒男は歯を見せて笑顔を作った。

「カヨさんか。かわいい名前だね。よろしく」

 そうして彼と握手を交わすと、色黒男の隣に立っている、可愛い顔立ちのポニーテールの少女が大袈裟に溜息をついた。

「どうせ死ぬのよ。なに、挨拶なんて。あなた、来るのが遅いのよ。とにかく、これで全員ですよね」

 私を睨みつつ文句を言うと、隣の眼鏡の男に声高に言い放つ。白のハイウエストなスカートに黒いTシャツ、髪色を明るい茶に染めた彼女は、私には無い若さがあった。風貌からみれば、学生だろうか。遅れてはいないし、その失礼な態度に少しだけムッとする。

「まあ、そんなこと言わずに。カヨさん、よろしくお願いします。私、リーダーをしているマサキです」

 そう名乗った眼鏡の男、マサキは律儀にも頭を下げてきた。私もそれにつられて、先程同様頭を下げる。頭を上げた後、まじまじと彼の顔を見た。

 この人が、サクライから教えてもらった、先日から連絡を取り合っていたリーダーか。しゅっとした顔立ちに、黒縁の眼鏡をかけた彼は、地味だが女性受けする外見をしていた。

「それで」と、マサキは生意気な少女に手をかざす。

「この子はミナさん。二十歳の大学生です。そしてこっちの色黒の若者は、ジュン君。二十五歳、趣味はサーフィンだそうです」

「どうも」

「おっす、ジュンです。よろしくね、カヨちゃん」

「よ、よろしくお願いします」

 予想どおり、少女…ミナはまだ若かった。先程の態度も、若者故に礼儀を知らないのだと考えると、少しは仕方なく思えた。

 しかし驚いたのは、色黒男のジュンである。顔から判断すれば、明らかに自分より歳が上に思える。まさか同い年だとは。人というのは、第一印象で判断できないものである。

 しかし、サーフィンか。それは、第一印象と相違は無かった。

「そしてジュン君の隣にいる女性が、スミエさんです」

「カヨちゃん、って呼んで良いわよね。スミエよ。一人おばちゃんで申し訳ないんだけど、よろしくね」

 中年の女性がにこりと笑顔を向けてきた。この中では一番歳が上、恐らく四十に差し掛かった程だろう。

 彼女には大人の風格というのか、ミナやジュンには無い雰囲気がある。太ってはいるが、色白で顔立ちが整っている美人だ。なんだか緊張してしまう。

「カヨさんを含めた以上五名が、本グループのメンバーとなります」

 私は改めて、彼らの顔を順々に見た。

 本当に?本当に彼らも自殺を?とてもじゃないが、自殺を考える程の人間には見えなかった。

 ——どうせ死ぬのよ。

 そこでふと、先程のミナの言葉が、頭の中で反響する。それから、心の中でかぶりを振った。彼らは、ここに死ぬつもりできている。彼らには彼らなりの、自殺を考えるに至った、何かしらの理由を内に秘めているのだ。

 それこそ、自分と同じように。

「カヨさんは車で来られていますよね」

「あ、は、はい」

 半ば挙動不審気味にそう答えると、マサキは申し訳なさそうに眉をハの字にした。そうして、停まっていた白のミニバンに目を向ける。

「これから場所を移動するんですが、分かりにくい所にありまして。よろしければ、私の車に乗っていただきたくて」

「あ、そうなんですか」

 自分の乗ってきた、水色の軽自動車にちらりと目を向ける。あれは社会人になった際、学生時代のアルバイトで貯めた金を頭金として、月々ローンで購入した…言うなれば私の宝である。

 しかしもう死ぬのであれば、宝があろうとなかろうと、関係ないのかもしれない。あの世にそれを持っていくことはできないのだから。

「分かりました、置いていきます」

 私が小さく肯くと、「ありがとうございます」とマサキは両手をパンっと合わせた。

「さて。自己紹介も終わったことですし。そろそろミナさんの言うとおり、行きましょうか。さあ、車に乗ってください」

「はーい」と、先程とはうって変わって元気よく声を上げるミナ。そんな彼女に追随する形で、私を含めた他三人もまた、各々了解の意を示した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る