第8話 ホスト問題に取り組む一匹狼
しかしホストクラブというと、昔は杉義会という有名反社組がバックについていたり、第一ホストクラブに通う女性客の九割が水商売の女性である。
昔は、杉義会が歌舞伎町一の大きなホストクラブに、棒をもって殴り込みをかけたという事実がテレビで放映されていた。
麻薬や拳銃なら違法でしかないが、女のヒモというのは違法でもなんでもない、相手の女性も合意の上だったら問題はなにもない。
反社にとっては、絶好の安全圏の範囲にある金儲けの材料でしかない。
別の言い方をすれば、ホスト問題に狼煙をあげるということは、反社を敵にまわすことである。
女性客も自分が被害者などとは思っておらず「自分を唯一愛してくれるホストのために身を捧げる愛」というおめでたい勘違いをしている。
ホストさんも身を削って、つけを背負わされるという危険と隣り合わせに営業しているのだ。
ホストさんは私の唯一の理解者。甘い言葉をささやいてくれる、私にとってはなくてはならない人。
成功したら親御さんから感謝されるが、失敗すると空振りに終わるというよりは、危害が及ぶかもしれない。
しかし誰かが始めないと、ズブズブと底なし沼にはまり借金だらけに陥ってしまう。
伴氏はテレビで
「全国の頂点でもある歌舞伎町でこの狼煙を上げることは、生半可なことではできない。私が単独でやるということであり、その風当たりは全部自分が受けるという覚悟です」と悲壮な覚悟を決めたような顔つきで言い切った。
しかしその後は笑顔で
「今日からスタートします。誰かが狼煙をあげないと、この問題はいつまでたっても解決しません。ときが過ぎればなくなるという問題ではないのです」
内田おばさんは「すごい覚悟ね。リスペクトしちゃうわ」
息子の佳紀は「一部の悪質ホストのおかげで、まっとうに営業している僕達まで色眼鏡で見られるぜ。しかし、ホストだってだまされることは多いんだよ
僕の先輩にあたるベテランホストが「久々につけを押し付けられた。何年ホストやってるんだ」と嘆くパターンはいくらもあるよ」
ホストは常に危険と隣り合わせ。
しかしこれもつけ制度があるからである。
いつもニコニコ現金払いではこういった悲劇を生み出すことはないだろう。
中学の元優等生同級生であるゆあさんは、目を丸くして感心したようにテレビに見入っていた。
「そういえば伴氏のおっしゃる通り、私は自分が被害者であるなんて思ったことはないわ。惚れた弱みとでもいうのかな。
ただ、担当ホスト君が店で活躍してほしいと願うだけ。
そのためにはお金が必要。だから私はお金を出資するという考えだったわ」
内田おばさんが口を挟んだ。
「ということは、あなたはホスト君から強要されたり脅されたりしたことは、一度もないのね」
ゆあさんは当然のことのような顔で答えた。
「当たり前ですよ。そんなことされたら誰も怖くて近づけないじゃないですか。
反社じゃあるまいし。でもなかにはオラオラ営業といって、強引に来店するよう強要するホストさんもいるみたい。
それはあくまで、客がそのことをゲームのように楽しんでいるということが、前提だけれどね」
僕はため息をついた。ゆあさんは話を続けた。
「なかには、こんなことを言うホストもいるわ。
僕は君を好きになっちゃった。ねえ、惚れていい? えっ、友達?
僕はそういうの嫌なんだよね。男と女の間に友達なんて通用しないよ。
僕とあなたは恋人関係。あなたは今日から僕の彼女に認定ですよ」
うまいこというなあ。
まるでマンガのセリフのようである。
だいたいこんな歯の浮いたことを平気でいう男に限って、陰ではペロリと舌を出してるに違いない。
内田おばさんは覚悟を決めたように言った。
「白状しちゃうわ。今から二十年前、ホストブームでマスメディアにホストクラブがとりあげられていたとき、私は三か月間だけホストクラブに通っていたの。
そのときの話は、今はする気はない。いずれはするときが訪れるわ。
言っとくけど、私はホスト狂ではなく、ただホスト君の愚痴聞き係だったけどね」
まあ内田おばさんのことだから、ホスト狂ーホストクラブでひどい借金をつくることーになったりすることはないだろう。
一口にホストといっても、なにも悪質ホストばかりではない。
家庭の事情を抱えているホスト、借金に苦しんでいるホストも存在するのは事実である。
テレビ画面を見ていると、なんと僕の父親である元アウトロー牧師が画面に映っていた。
伴氏の協力をしたいと申し出たという。
元アウトロー体験を活かし、知っている限りの知識を与えたいという。
僕の父親は、現在は警察を手を組んで麻薬問題に取り組んでいる。
だから、アウトローもそう簡単に手をだせない筈である。
元アウトローだった体験を活かすことができるとは、ラッキーなことである。
「すべてのことは、イエスキリストに働いて益となる」(聖書)
父親はアウトロー時代、内部抗争に巻き込まれ、命を狙われて逃亡生活を送っていたという。
なんと父親は日本刀をもって追いかけられたという。
同じ組の者が刀で刺され、内臓と血が飛び散る現場を直視し、それを忘れるために覚せい剤を使用しまくったという。
僕の母親はー現在は父と同じ牧師であるがー苦労の連続だったという。
僕は人質から逃れるために、カトリックの施設に預けられていた。
普段はいい子でいるように精一杯の演技をしていたが、母親が帰るとき、吹き出る涙が止まらなかった。
声をあげて泣いたことすらもある。
母親は後ろ髪をひかれるように、何度も僕を振り返っていた。
僕は半分、母親に捨てられたのではないかという危惧感にも似た不安感にかられていたが、そうでないことがわかると安堵感が芽生えた。
その安堵感が、施設でいい子の演技ができるモチベーションになっていたのだろう。いつか母親は僕を迎えにきてくれる。そう信じてやまなかった。
施設生活は半年ほど続いた。
元アウトローだった父は、心を入れ替える決心をしたという。
元暴走族時代の友人に頼み込み、肉屋に就職しながらも教会に通っていた。
仕事は真面目にしていたが、やはりアウトロー時代の癖が抜けず、暴言を吐いたりして後悔することもあったという。
しかし、そこは神様に祈って常人と同じような言動ができるよう、努力したという。
父曰く「自分は神様によって救われた。あとは努力していくしかない。
努力しなければ徐々に堕ちて、元のアウトローに戻るしかない」
父はことあるごとに祈っていた。
朝、昼、晩と祈りを欠かしたことがなかった。
祈りは神との呼吸、人間は呼吸がなければ死んでしまう。
そしてまた、元の悪党へと戻ってしまう。
それは父の最も恐れることだった。
父が肉屋に勤めているとき、初めて母が学校から帰ってきた僕に
「おかえり」と言ってくれたとき、なんともいえない安堵感と喜びを感じたのを覚えている。
父が神によって変えられたと同時に、母も煙草や酒をやめるようになっていった。
そして僕もそれを見て感化されたのか、父の信じる神を信じてみたくなった。
僕は今まで無神論者だった。
神がいるなら、なぜ幼児虐待の末、死亡が起こったり、戦争が起こったりするのだろうか?
しかし、それは神のせいではない。人間の罪というエゴイズムから生じているものである。
亡くなった幼児は、全員が天国にいけるという。
また亡くなるというのは、この世の使命を果たし、この世を卒業したという意味でもある。
戦争は国家同士の利害が対立したとき起こるものだというが、人間同士のトラブルはみな、利害の対立から生じている。
聖書でいう罪とは犯罪も含めて、人間のエゴイズムのことである。
エゴイズムがある限り、争いはなくならない。
神から創造された人間は、神に従って生きていくのが正解の道である。
しかし、神は人間に自由をお与えになった。
まるで幼児が自転車をこぐとき、後ろから前から親が見守っているように、神様も人間が危険にあったとき、助けて下さる。
まさに幼児のとき、教会で幼児洗礼を受けた父がそうだったのである。
父はアウトロー時代、何度も殺されかかった。
父の所属している団体は、いわゆる武闘派といわれ、拳銃や日本刀を振り回すのが役目のような団体であった。
父がアウトローに入るとき、いわゆる修行があった。
二十四時間中、正座をさせられ、頭から冷水をかぶせられても声ひとつあげてはならない。
また、親分の命令には絶対であり、〇時〇分に集合とあれば、一分前には集合場所には行かねばならない。
もし一分、いや十秒でも遅刻すると、拳銃で撃たれるという罰則がある。
ちょうど父の目の前で、拳銃で撃たれた先輩がいた。
これは、父に対する見せしめであったに違いない。
父からそんな話を聞かされたとき、僕は悪が悪を呼び、人間の誰しももつ弱さが悪を加担させるのではないだろうか。
しかし今の世の中は、周りと合わないケースでもフリースクールもあるし、おなかをすかせている状態でもこども食堂もある。
まっとうに生きているかぎり、いくら困窮しても救いの手は差し伸べられる筈である。
いや、父のように幼児洗礼を受けた人は、神がその後の人生を見守り続けてくれているという。
とすると、人間の最大の敵は病気や貧困など、周りの状況ではなくて、酒やギャンブルに対するまわりの欲にあるのではないか。
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