第5話 佳紀の接客術から学ぶこと
僕は思わず感嘆した。
この話術は、芸人がするプロの話術でもあり、同性同士にも十分通用する。
佳紀は話を続けた。
「まあ世間一般で言われているように、政治と宗教の話はしないことですね。
それと現代のコロナ渦において、仕事の話も避けた方がいい。
なぜなら真っ先にリストラになるのは女性のパートだし、いくら能力のある女子社員といっても、会社側はやはり所帯持ちの男性を残すケースが多い。
それとギャンブルの話題も避けること。女性によっては、パチンコ屋の前を通るだけで不快感を感じる人もいるくらいだから」
それもそうだな。
明石家さん〇と大竹しの〇が離婚したのも、さん〇は大のギャンブル好きで家で賭けトランプをするのに対し、しの〇は大のギャンブル嫌いで「子供の前で賭けトランプをしないで」という程だった。
実は僕の父親は昔は、有名賭博一家に属していた時代もあったが、やはり賭博はいずれ失敗することがわかり、代紋の強い有名アウトロー組へと移籍(?!)したという。まあ、現代は代紋など到底通用しない、それどころか害悪を及ぼす時代に変わろうとは、そのときは誰が予想しただろう。
間違ってもリストラの憂き目にあった女性に「仕事は忙しいですか?」と聞くべきではない。
佳紀は納得したように
「当たり障りのないお天気や気候、そして好きな色や花の話をしたら女性に喜ばれますね。花言葉も覚えておくといいですよ。
たとえば、黄色いバラとあじさいは移り気とかね」
なるほど、女性好みの話題を振ることも大切だな。
しかし一番大切というか重要なのは、小手先の話術よりもまず「この人なら、自分の悩み苦しみをわかってくれる」という心を委ねられる母親のような雰囲気を持っていることが一番重要ですね」
要するに癒し系か。
人は誰でも自分の心の苦しみを話すことによって、ひとときでも現実の苦しみから解放される。
佳紀は続けた。
「ほめてほめてほめまくるのはダメ。客のどんなところでもいいからほめまくるというのは、男性には通用しても女性には通用しない。かえって、下心があると警戒心を抱かされるだけである。
ほめるなら女性客のちょっとした身だしなみをほめた方がいい。たとえばその口紅の色、とてもお似合いですよ。洋服と合わせてるんですか?
ということで、自分はセンスばかりではなく、頭のいい女性だと思わせるからです。
女性はラクして頭がよくなりたいと思ってますからね」
そういえばアダムとイブの時代からそうだったなあ。
イブは蛇の「この実を食べると、目が開け、神のように賢くなれるんですよ」の耳もとのささやきに誘惑され、神から禁じられていた禁断の実を食べてしまい、それをアダムにも勧めた。
「ホストは女性客に惚れてはダメ。まあ、これは逆でもいえることですがね。
ホステスが男性客に惚れるほど、みじめなことはない。というが、それは逆でもいえること。女性客に惚れ、個人的に付き合って下さいといったホストがいたが、にべもなく断られ、逆につけを抱え込む形となってしまった」
そうかあ、しかし僕には勤まりそうにないかもしれない。
僕は、女性に興味を抱く健康な男性でしかないからである。
「ある二世タレントみたいに、ホストに三千万貢いで金欠になってしまった挙句、スマホ代を貸してくれるのが当然なんてことはあり得ない」
ヘエー、冷血漢そのものだな。
まあ、この冷血さがあるから、たくさん貢がせることができるのだろう。
佳紀のママ、佳子は言った。
「一般社会では、男性が女性に金の話をした時点から、警戒した方がいい。
やはり金を稼ぐというのは、男性の特権であるからである。
金を貸してくれと平気で女性に言える男性は、その女性をなめ切っている。
男性は自分で稼いで女性を養うことに、快感を覚えるからである」
まあそうだな。ヒモなんて決して誉め言葉ではない。
やはり女性は男性の稼いだ金で生活するのが当然であり、健康保険でも住民税でも男性が女性の扶養家族になることは認められていない。
僕は佳紀に尋ねた。
「でも、だいたいホストで借金をつくるホスト狂なんて、二十八歳以下の若い女性でしょう。それを過ぎると結婚を考えますものね」
佳紀は答えた。
「確かに昔はそうでした。ホストクラブの客というと金に余裕のある有閑マダムが多かったけど、今はそういう人は少ないですね。
まあ八割が水商売ですが、その反対に都会にでてきて迷いのある地方女性も増加してきています。
まあそういった女性が、ホストクラブで借金をつくり、いわゆる繁華街の近くの公園いやもはや交営と呼ばれていますが、いわゆる売春目的の立ちんぼになってしまうんですね」
僕と内田ママは思わず暗いため息をついた。
内田ママは言った。
「ええっ、担当のホストのためにそこまでするの、信じられない。
それとも、ほら地方から出てきた相談相手もいなく、法律に疎い女性ほど、担当ホストだけが頼りで、はまっていくのかな。
日本人って、あまり社交的じゃなくて慎み深いから余計そうなっちゃうんですね」
確かに日本では、韓国のようなハグの習慣もなく、女性は受け身でしかない。
そしてお返しの習慣がある。
韓国ではプレゼントというと、日本のように社交辞令ではないので、お返しなどとするとかえって失礼にあたる。
キリスト教では、イエスキリストを信じるだけで救われる。お布施も肉体修行もいらないのであるので、こんなうまい話はない。
しかしお返しが習慣化している日本は、残念ながらそれが肌に合わないようである。
まあ韓国はもともとは儒教の国であり、クリスチャンになるというと勘当ものであったという。
佳子ママは、安心したような顔で佳紀に言った。
「私は佳紀が、悪の手先になってやしないかと心配だったの。
たとえば、女性客を風俗に売り渡したり、反社とつながりをもつ羽目になったり。そうなったら、私にまで災難が降りかかってくるし、私自身、対処の仕様がない」
佳紀は答えた。
「僕はホストを長く続けるつもりはないよ。あくまで社会勉強のつもりだったしね。ある程度の金がたまったら辞めるつもりでいるよ。
お酒も強くないし、僕には看護師になるという夢もあるしね」
僕は口をはさんだ。
「まだまだ男性看護師は少ないし、女性看護師でなければ下半身をだすことができないという女性もいるよ。
外国人の患者も増加してきている。だから社交性は大切なんじゃないかな。
まあ、看護師の資格さえ取れば全国どこへ行っても通用するよ。
でも、昇給も少ないし僕の知り合いの女性は、二十カ所の病院や医院を転職したというよ。まあそれだけ、短期で辞めていく人が多いんじゃないかな」
佳子ママは、昔を思い出したように言った。
「私も三十歳のとき、ハローワークからの紹介で看護助手をしたことがあったけどね、看護師の女性はお世辞に弱かったり、だまされやすかったりする部分があるよ」
佳紀は納得するように言った。
「それもそうだな。看護師の女性客がホストにはまってしまい、借金をつくったという話は聞いたことがあるよ。
看護師自身が患者に尽くす側だから、今度は尽くされたいのかな。
そして、お世辞や甘言に弱いし、信じやすいところがあるな」
佳子ママは顔を輝かせたように言った。
「まさにビンゴですね。私の苦い体験をお話ししますね。
私は若い頃、病院の未熟児専門施設であるベビーセンターに勤めていたが、私は利用人にされちゃったの」
そのとき、人の視線を感じた。
振り向けばなんと、中学時代の優等生 福井ゆあさんが伏目がちでこちらを見ていた。
僕から声をかけられるのをはばかられるほど、ゆあさんは暗い顔をしていた。
僕はさり気なしに、ゆあさんの席で僕のスマホ番号を書いた名刺を、無言で机に置いた。
「なにがあったかわからないが、僕でよければ話を聞くよ、
いや、話せないならラインでもいいよ。
つくり笑いでもいいから、笑顔を浮かべてよ。そうしないとウツ状態になっちゃうよ。僕はゆあさんに、元のゆあさんに戻ってほしいんだ」
ゆあさんは、読み終えるや否や伝票を掴んで席を立った。
なにかあったのだろうか?
それとも誰かに追われているのだろうか?
もしかして借金取り、それともゆあさんを利用いや悪用しようとするワル男?
僕は嫌な予感に覆われていた。
内田おばさんは、看護助手時代の話いや愚痴を語り始めた。
「当時、看護助手というと還暦を過ぎた高齢者ばっかりだったのよね。
メンバーは七十歳を過ぎた婆さん、還暦間際の女性、そして当時、三十過ぎの私。
仕事内容は掃除と荷物運びだったけど、なぜか私にだけ仕事の指名がまわってきたわ」
佳紀は口をはさんだ。
「そりゃあ、その当時はおかんが一番若かったからだよね。
だいたい荷物運びなんか、高齢者には無理だよ」
「ところが婆さんは、看護師相手に他のヘルパーのあること、ないこと中傷を言い触らしているのよ。
自分の孫みたいな看護師にお世辞をいい、お菓子を配り、給料日にはたこ焼きをプレゼントし、ときには喪服を貸したりしてゴマをすっているのよね。
そして、自分を信用させておいてから、私も含めた他のヘルパーさんの悪口をいいふらしてるの。
あの子あんな失敗しおったから始まり、それを大げさに言い触らすんだよね」
へえ、呆れた野郎だ。
しかしまあ、クビになりかけの人間はときおりこの手を使うのが、職場の常だ。
息子の佳紀は憤って言った。
「まあ、人の噂というのはSNSも含めてどこまで信用するかが問題だな。
しかし、悪口ばかり言っている人は同僚が離れていく、すると自分がその同僚の分まで仕事をしなければならなくなり、結局は自分が苦しむことになる。その悪循環だよ。その婆さんは、自分で自分の首を絞めているだけじゃないかな?」
それもそうだ。
だいたい、そんな高齢者を雇っているということ自体、よほど短期で辞めていく人が多い証拠じゃないかな。
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