第4話 内田おばさんの息子の借金返済方法
僕は意外だった。ホストばかりが悪者ではなかったんだ。
困ったことをやらかす人は、困っている現在進行形状態にあるというが、まさにその通りである。
僕は元アウトロー出身牧師の息子らしく、その悪循環をなんとかくい止めなければという義務感にかられた。
内田おばさんの息子である佳紀は、とりあえずは二十万円払わなければならないのだろうか?
しかし、ホストのシステムも知らず騙された同然の世間知らずの佳紀は、そういった意味では被害者かもしれない。
僕が推察するには、ホスト佳紀君は客からつけにすると申し出たが、客の方が逃げ出したというわけである。
皮肉なことに佳紀君には、女性客を見極める目などなく、嘘をまことと信じ込んでしまったというわけだ。
こういう場合は、つけの回収システムとしては佳紀君が女性客に直接、つけをとりにいくしかない。
そのために、女性客は入店時にマイナカードなどの写真付き身分証明証を提示することを求められ、ホストクラブはそれをコピーして保管しておく。
身分証明証を頼りに、女性客の住所を探し出して借金回収にいくのが筋であるが、それができない場合は、どうなるのだろうか?
そういえば昔、十八年前のホストブームのとき、テレビの深夜番組であるイケメンホストが、自慢げに語っていた。
「ホストクラブの回収システムについては、僕も深くは知らない。
しかしなぜか俺の知らない間に、女性客が風俗にいってくれるんだよね」
とぼけているのだろうか?
それともホストクラブがそういった風俗の店とつながっていて、その店で働くことで借金回収することを強制しているのだろうか?
ネット記事曰く、ある繁華街のビルは、風俗店とホストが入居している。
ビルの2Fにあるホストクラブで借金をつくった女性客が、その借金返済のために同じビルの3Fにある風俗店に勤めているのである。
しかしまた懲りもせず、蜜にひかれた蝶のように2Fのホストクラブに行ってシャンパン(といっても、最低十万円はする。ピンクドンペリになると三十万円はザラである)新たな借金をつくってしまう。
その女性は、同じビルの2Fのホストクラブと3Fの風俗店とをグルグルと循環しているが、これからはどういう人生を歩むのだろうか?
年齢が増すと共に、風俗店でも通用しなくなることは必須である。
悪党は騙し、騙されながら次第に悪へと堕ちていく(箴言)
悪党の得た金は、貧しい人へと渡っていくのがオチである(箴言)
ふとそんな旧約聖書の御言葉が浮かんだ。
さっきもニュースで飛び込んできたばかりだ。
SNSを使って「このままでは風俗に売られるので助けてほしい」と被害者を装って多くの男性を騙した若い女性が、なんと億単位の大金をホストクラブに費やしていたのだという。
よほど、担当ホストに惚れたのだろうか?
いや、人を騙したり裏切ったり、心にやましさを抱えている女性ほどホストにのめり込むという。
シャンパンタワーは一度につき百万円かかるが、闇に輝くシャンパングラスの泡のなかに心の闇を溶かしていくつもりなのだろうか?
最低金額十万万円のシャンパンをおろしたときも、シャンパンタワーをしたときも五人くらいのホストからアイドルへの声援のようなコールがかかる。
そのときだけ、まるでアイドルになったような錯覚に酔うのだろうか?
話を元に戻そう。
「内田さん、佳紀君は今どうしてるの? 連絡はとれないの?」
内田おばさんは、がっくりとした表情で言った。
「もう二週間、連絡はとってないね、今どこにいるのやら」
典型的なホストの飛ぶというパターンである。
「大丈夫だよ。飛んだホストはいずれは店に帰ってくるよ。
もし別のホストクラブに面接を受けにいっても、ホスト業界は横のつながりが広いから、写真を見た時点で、このホストは飛んだホストであるということがとうにわかってるんですよ」
今までこわばっていた内田おばさんの表情は急に緩みだし、真っ青だった頬に赤みを帯びてきた。
「私、佳紀がどんな姿になろうとも、生きていてほしいの。
いや、佳紀が生きていてくれさえいれば、私も生きていくことができる」
僕は冗談交じりにいった。
「そうさそうさ 生きてさえいればきっと幸せにめぐりあえる なんていう「すきま風」という歌があったじゃないですか。杉良太郎の歌でしたけどね。
そうとう古い歌だけど、僕の親父がよく口ずさんでいたのですよ」
内田おばさんは、急に表情が光を浴びたように急に明るい表情になった。
「そういえば、私も聞いたことのある歌ね。
そうさそうさ生きてさえいれば いつかやさしさにめぐり合える」
内田おばさんは急に口ずさみ始めた。
僕はほっとした。歌は三分間のドラマだというが、内田おばさんは息子の佳紀である心配から逃れられたのであろう。
神出鬼没なことが起った。
「あっ、佳紀じゃない。今までどこへ行ってたの?!」
なんと内田おばさんが捜していた当人の佳紀が、急に現れたのだ。
内田おばさんの願いが通じたのだろうか。
佳紀は、向かい合っている僕を見て挨拶をした。
「佳紀です。いつも母がお世話になってます」
内田おばさんは思わず言葉を発した。
「えっ、借金を抱えて飛んだんじゃなかったの?」
佳紀はケロリとした顔で答えた。
「ああ、ラッキーなことに僕の借金は、別の太客によって相殺したよ。
あっ、太客というのは、沢山お金を使ってくれる客のこと。
その金で、借金を返済したよ。だからもう借金問題は解決したんだ。
僕は間違っても、客を風俗に売ったりはしないよ」
本当かな。あまりにもできすぎた綺麗ごとの話としか受け止められない。
佳紀は、僕の思いを見透かすように言った。
「あまりにもうまいフィクションだと思ってるでしょう。でも本当の話なんですよ。だいたいホストの世界なんてそんなものですよ。いくらベテランホストでも、百万円単位のつけを踏み倒されることもある。
しかしそれは、やはり自分の力量で返済するしかないですよ」
そりゃまあそうだ。
さだまさ〇氏の如く、二十八歳のとき二十八億円の借金をし、それが三十四億円にもふくらんだ借金を、コンサートを重ねることで三十年以上かかって返却した人もいる。
僕は昔さだまさ〇氏の言葉が忘れられない。
「僕は将来、嫌われ爺になりたいですね。若い人に説教するような」
すると司会者がすかさず
「世直し爺ですね」
人気商売の歌手から嫌われ爺という意外な言葉が発するとは、意外としか言いようがなかった。
さだまさ〇氏の人気は五十年近く続いていて、今もコンサートの様子がNHKで「なまさだ」というタイトルで月に一度、深夜に放映されている。
もしかしてさだ氏は、まわりに媚びることをしなかったから、人気が継続したのだろうか。
さだ氏曰く「ひたすら売れたいとか金儲けをしたいと思っている人は、音楽家というよりも、別の職業を探して頂くことをお願いします」
話を元に戻そう。
内田おばさんの息子佳紀は、借金を抱えていたが見事に返済した。
「僕は、接客方法を工夫したんですよ。
ホストに必要なのは清潔感、爪や袖口が汚れていてはダメ。
酒臭いのもご法度。口臭スプレーをマメに使うことである。まあ、これは一般社会でも充分通用することですがね。
お客様は日常を忘れ、ひとときの夢をみにきているわけですからね」
まあ、これは接客業全体に通用することだな。
日常生活で、家族や職場で虐待を受けていても、ここにくると忘れられる、だから足しげく通うのである。
佳紀は、話を続けた。
「話すときは、相手の目というよりも、鼻の上を見て話す。
そしてじっと、いやじいっと相手の話を真剣に聞いてあいずちを打ち、その次はミラー効果を実行するんですよ。
ミラー効果というのは、オウム返しに客の言葉を連発することですが、自分がそっくり相手の言葉を語ることで、相手は自分の心情をわかってくれているような共鳴感を得るわけですよ」
僕はさっそく実行してみた。
「たとえば、客が大阪出身ですと言うと、ああ、大阪ですか。いいところですね。
食べ物は美味しくて情があって。僕は関東出身ですが、大したことないところでねえーと客の単語から話を広げていき、さりげなく褒め、軽い自虐をする。
あくまでも軽い自虐であり、深刻な身の上話はしない。
まあ、なかには四十歳を過ぎた客に深刻な身の上話をするホストさんもいるが、それはあくまで接しやすい客に限られます。
このことによって、客は自信を取り戻し、心を開くのです」
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