第3話 ホストクラブ特有の売掛金制度に問題あり

 一度人間不信になると、今度は自分が相手をだます方向にまわろうとする。

 こうなると、人に対する羞恥心や照れなど消えてしまう。

 だから、平気で甘言を言えるのである。 

 そうかあ。困った人というのは、現在困っている人進行形だというが、その通りである。

 ホストばかりが、女を食い物にする悪者ではないのだ。

 ホストも女性客からだまされるし、それが嵩じると人間不信になった挙句、平気で女を甘言で騙し、金にさせようとするのであろう。


 昔、ある人が「人に迷惑さえかけなければ何をしてもいいというのなら、売春は如何なものか」と問われたことがあるという。

 しかし、それはあくまでも昔の考えであり、現在は梅毒などの性病の原因になっているので、そんな考えは通用しない。


 僕はゆあさんを救いたい、いや救うことが昔の恩返しになると思った。

 僕がアウトローの息子で孤立していたとき、オリジナルの具が入ったお握りをくれたのはゆあさんだけだった。

 取り返しのつかない、別世界にゆあさんを堕としたくない。


 ネックストドア人生脱出の代表者である伴 浩氏は、僕に説明を始めた。

「繁華街の公園は、今や交営などと言われ、立ちんぼといわれる売春の温床になっています。地方の女性が七割ですが、たいていの場合、ホストで借金を抱えてしまった女性です。

 NHKのクローズアップ現代でとり上げたように、単なる不況なら0から脱出の道もありますが、借金の場合はマイナスから始めなければなりません。

 ご存じの通り、借金というのは雪ダルマ式にふくらんでいく。一刻も早くこの状態を食い止めなければなりません。

 だから私は風当たりのきついのを承知で、ホスト問題に取り組むことに決心しました。こういったことは、誰かが始めなければ放っておいただけでは、ますます被害者が増える一方。真面目で責任感の強い内気な女性ほど、はまる傾向にあります。

 昔のアウトロー体験を活かして、狼煙をあげるつもりです」

 僕は思わず驚きの表情を隠せなかった。

「すごい度胸ですね。でもホストクラブってこの辺にも百軒くらいあるんじゃないですか。まあ新宿歌舞伎町はその倍の二百軒ありますがね」

 伴氏は答えた。

「僕はなにもホストクラブ撲滅を、はかっているのではないんですよ。

 ただ大きな借金の原因となる売掛金システムを廃止とまではいかないが、最高金額を制限してトラブルを防ぎたいと思ってるんです。

 僕はホストクラブを目の敵にしているのではないんですよ。

 ホスト君のなかには、本当に女性を癒すために、若者同士の友情のような純な気持ちで仕事をしている人もいる。

 しかし、そういったホスト君でも入店して十分以内に、借金二十万円を背負わされたなんていう悲劇的な実例もある。そうなれば飛ぶ(逃避する)しかない。

 それが繰り返されればホストクラブの店自体も、利益が追及できず不都合な結果となって、挙句の果て倒産といった形になる。

 僕はそれを防ぎ、ホストクラブを健全化していきたいんですよ」

 僕は思わず、口走ってしまった。

「うわっ、ホストクラブがマスメディアに出だした2005年頃、それを発言したホストクラブの若社長がいたなあ。でも失敗に終わったが」

 あっ、いけない。失礼な失言。

 でも、一度吐いた言葉を今更引っ込めるわけにはいかない。

 まさに覆水盆に返らずである。

「ああ、覚えています。大阪で成功した二十代後半のイケメンホスト君ですね。

 父親が覚醒剤で逮捕され、四人兄弟で生活保護を受ける羽目になったので、高校時代からミナミのホストでバイトを始め、入店一か月目にナンバー1になったアイドル顔負けのイケメンぶりのホストせいじさんですね。

 著書も読んだことがありますよ」

 あっ、僕と同じ著書を読んだに違いない。僕は答えた。

「せいじさんは、しかしお金で失敗した部分がありますね。

 親友だと思っていた同い年の男性に、強盗に襲われたり。

 大阪の店舗でもほとんど店には顔を出さなかったそうですね」

 いくら最初はやる気満々、意気揚々で成功したかのようにみえても、最後には失敗に終わるのは、バベルの塔の破壊のように人間の欲望が根源となった挙句の果ての、砂上の楼閣にしか過ぎないのだろうか。

 名誉や金銭など、目にみえる成功よりも根本を大切にすべきである。

 僕は同調して言った。

「せいじさんは、東京に新店ホストクラブを出店するとき、イメージの悪いホストという職業を新たにしてみせるという最初は結構な意気込みだったらしいんですよ。

 しかし結局はそのホストが複数で女性に乱暴したという事実がマスメディアに放映されてからは、せいじさんはホスト業を退いたそうですね」

 伴氏は、うなづいた。

「僕はいくら人が変わっても、制度が変わらない限りは同じ悲劇が続くと思うんです。だから売掛金の上限を設定することが大切だと思うんです」

 僕はうんうんと頷いた。

「そういえば時代が不況になるにつれ、一般の社会でも売掛金制度というのは減少し、現金主義になってきてますね。

 それが牛のよだれのように、細く長く継続していく商売のコツだといいますね。

 まあ、ホストクラブというのは細く長くというよりは、太く短くの世界ですからね。稼げるうちに稼いどこうと思ってるんじゃないですか?」

 朴氏は、ウーンと腕組みをした。

「確かに酒を出すところは、そうなっていますね。

 でも今は、ホストクラブの被害者を出さないこと、そしてそうなってしまった被害者女性を救うことが先決ですよ」

 僕は半ば驚いていった。

「ということは、被害者女性がそんなに多いということですね。

 まるでジャニーズの性加害問題のように、最初はひた隠しに隠していてもいずれは暴露するときが訪れるということですね

 僕は伴氏に頭を下げ、またよろしくお願いしますと再会を希望した。

 伴氏は「こちらこそ勉強になりました。なにかあったらまたお越しください」と

玄関先まで僕を送ってくれた。


 僕は現在のスマホショップ店員の前職は、新聞配達のバイトをしていた。

 朝刊、夕刊のバイトはかなり体力を必要とするので、普段は地元以外外出はせず、家で寝転がってテレビを見ていることが多い。

 まあ、新聞の部数は年ごとに減少してきているが、無くなることはないだろう。

 なによりも、夏の夕刊をしていると、冬に風邪をひかなくなるのが大きなメリットであった。

 もし、スマホショップ店員を辞めても新聞配達に戻れるという安心感のようなものがあった。といっても、新聞配達員は六十歳以上の高齢者ばかりであるが。


 僕は帰り道に、新聞配達時代の五十歳代の女性ー内田佳子に出会った。

 僕の方から声をかけようとしたが、濃い化粧に派手な大柄のワンピースを着た彼女は、ジャージーにトレーナー姿ではつらつと新聞を配っていた彼女とは、まるで別人のようだった。

 僕が挨拶しようとすると、内田おばさんはいきなり僕に泣きついてきた。

 えっ、なに、どういうこと?

 僕と内田おばさんは、そう親しかったわけでもない。

 しかし一度だけ、内田おばさんに誘われ木の葉丼をご馳走になったことがある。

 内田おばさんが行きつけだといっていた、レトロなうどん屋で食べた木の葉丼には、なんと干し椎茸が入っていた。

 実は僕は、ぬるぬるしたキノコ類や海藻類が大の苦手だったが、この干し椎茸だけは味わい深く頂いたものである。

 内田おばさんはタバコをたて続けに吸うので、灰皿は吸い殻で埋まっていた。

 しかし、酒は一滴も飲まずがっちりした筋肉質の体格に、僕はおやじギャルという言葉を連想していた。

 内田おばさんはしみじみと言った。

「私にはちょうど清原君くらいの年齢の息子がいるの。

 あまりいい職業についていないけどね」

 えっ、何の職業? もしかしてホストだったりしてという言葉を、僕は喉元の先で飲み込んだ。


 時間を元にもどそう。

「どうしたの? 内田さんってあんなに元気に新聞配達してたじゃない。

 なにかあったの?」

 内田おばさんは答えた。

「息子の佳紀が借金取りに追われ、行方不明状態なの」

 僕は思わず

「話を聞くよ。昔、内田さんが連れて行ってくれたうどん屋に行こう。

 僕、あれ以来そこの常連になっちゃんたんだ」

 僕と内田おばさんは、二人とも木の葉丼を注文した。

 内田おばさんは、涙ながらに僕に訴えるように語った。

「まったくバカな息子だよ。私に内緒でホストなんて商売を始め、あげくの果てに入店十分後に、三十万円なんて借金をつくる羽目になるなんて。

 女性客にだまされたんだよね。世間のことを何も知らない佳紀は、カモにされちゃったのかな」

 

 

 


 


 

 


 

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