第2話 ゆあさんの現状をなんとか打開しなきゃ

 ゆあさんは、優等生時代にはギャルのするような恰好をしていなかった。

 ゆあさんの身になにかがあったのだろうか。

 僕は嫌われるのを覚悟で、ゆあさんに声をかけた。

「福井さんだろう。覚えてる? 中学のときの清竹です」

 ゆあさんは、ぎょっとしたような顔で僕を見つめ、途端に涙を浮かべた。

 僕は、次の駅で降りることを提案した。

「次の駅には僕の行きつけの小さなカフェがあるんだ。つきあってくれないかな?」

 ゆあさんは、無言のままでこっくりと頷いた。


 行きつけのカフェといっても、来店するのはこれで三度目である。

 一昔前のJポップスが流れるレトロなムードのカフェ。

 ゆあさんは、なつかしいヒット曲に合わせて口ずさみはじめた。

「やあ、この曲、秋に流行った曲だよね。

 ゆあさんって、歌うまいね。意外だったよ」

 ゆあさんは、ようやく笑顔を見せた。

「この曲を歌ったとき、昔の自分に戻れそうな気がするのよ」

ということは、現在のゆあさんは昔のゆあさんではないということである。

 何かあったんだろうか、しかし僕はゆあさんに聞くのを辞めた。

 今はただこうやって、昔の自分たちに戻りたい。


「ねえ、覚えてる? 僕、ゆあさんからもらったお握りの味、まだ覚えてるよ。

 そのお返しといったらなんだけど、今度は僕がゆあさんにケーキをご馳走するよ」

 ゆあさんはすかさず答えた。

「嬉しいな。実は残り物からつくったお握りの具だったんだけどね。

 普段はケーキなど絶対に食べないことにしているけどね、今日だけは特別よ」

 えっ、意外?! だって僕の知っているゆあさんは甘いもの好きだったのにな。

 カロリーの高いケーキなど食べてはならない理由でもあるのだろうか?


 僕はゆあさんに、今なにしてるの?とは聞けなかった。

 ゆあさんのなかに、閉鎖的なムードを感じたからである。

 でも今はただ 今のこの時間はただ、レトロな歌謡曲を聞きながら、目を閉じてゆあさんに寄り添っていたい。

 それがゆあさんの心の癒しになるだろう。

 ゆあさんは急に、一筋の涙を浮かべた。

 涙の意味がなんなのか、聞ける筈がないが、男性関係なのだろうか。

 

 僕はゆあさんとデュエットする形で、レトロ歌謡曲を口ずさんだ。

   川の流れのように おだやかにこの身をまかせていたい

   川の流れのように いつまでも青いせせらぎを聞きながら

 この歌は、僕の元アウトロー牧師である父親がよく口ずさんでいた演歌である。

 ゆあさんは目を閉じて、ケーキをほおぼった。

「ありがとう。今日は楽しかった。まさか、清竹君に会えるとは思ってもいなかった。さあ、行かなきゃ。あっ、今日は私のおごりよ」 

 僕はとんでもないと手を振った。

「そんな、女の子に金を出させるなんて、僕にもプライドがあるよ。

 今日のところは割り勘でいこう」

 そう言った途端に、ゆあさんの顔色がさっと変わった。

「まあ、そうよね。女の子に金をださせてはダメだというのが、男のプライドよね。ということは、祐也は私の前ではプライドを捨ててるということなのよね」

 やっぱりな。ゆあさんは、祐也という男のヒモになってるに違いない。

 そう思った途端、あるポスターまがいのものを振りかざす中年男性がいた。

「気をつけよう。ホスト君の売掛金のささやき、払える筈なく心身地獄への道」

 何者だろう。

 ある団体が、悪質ホストに狼煙を上げるという記事を読んだことはあるが、三回ホストクラブに通っただけで、五十万以上の売掛金をかぶる羽目になった女性はいくらもいるという。

 なかには家族に支払ってくれた人もいるが、風俗で支払う羽目になった女性もいる。それを取り締まろうとする働きだろう。

 しかし、このことはホストクラブ全体を敵にまわすことにもなりかねない。

 このことは狼煙を上げるという勇気ある行為でもある。

 まあ、誰かがこのことをしなければ放っておいただけでは、ますます現状が悪化し、被害者が増える一方でもある。

 女性被害者が、売春まがいのことをすると、梅毒という性病にかかる。

 すると、買春する男性だけの問題ではなく、すると、世の中全体が汚染されてしまう。

 梅毒は身体全身に5ミリくらいのできものができるので、見た途端にすぐわかる。まるで戦争中みたいである。

 いや、もしかして今の日本は嵐の前の静けさの如く、戦争に近づいているのではないだろうか?

 ふとそんな暗黒の予感が僕の胸をよぎった。


 ゆあさんは言った。

「今日は楽しかった。私の現状を今は話すわけにはいかない。

 でも、こうやって昔みたいにただ寄り添えるだけで、心が回復しそう」

 僕は思い切って切り出した。

「もしかしてゆあさんは、祐也という男のヒモになってるの?

 あっ、ごめん。めっちゃ失礼。でも、僕、牧師の息子だろう。

 世の中の苦しんでる人を黙って見過ごすわけにはいかないんだ。

 僕にとって、今日出会う人は神様からの伝言なんだ」

 すると、ゆあさんは急に腕まくりをした。

 なんと直径10cmくらいの十字架のタトゥーの下に666の数字が入っている。

 666というのは、聖書の黙示録では悪魔の数字といわれるものであるが、なにを意味するかは誰にもわかっていない。

 でも、十字架の下に666があるということは、十字架は悪魔の数字に打ち勝ったという意味なのだろうか。


「ねえ、ゆあさん。もしそうならば、それを取り扱っている団体があるから、相談にいった方がいい。そうでないと、いつまでも出口は見つからないよ」

と言ったとたん「気をつけよう。ホスト君の売掛金のささやき、払える筈なく心身地獄への道」と書いたポスターを持っていた男性が、カフェで支払いを済ませていた。ポスターの下には電話番号が記されてあった。

 僕はすかさず、その電話番号をメモして、ゆあさんに渡した。

 

 僕は昨日メモした電話番号に、電話をかけるとそこは「ネックストドア人生脱出」と名乗るNPO法人だった。

 なんでも、元アウトローの男性が人助けのために、いろんなスタッフを使い、悩み相談に乗っているという。

 元アウトローというと、父親と同じじゃないか。しかし、よく元反社であることを、公言したな。

 まあ、元反社というのは刺青を消したとしても、風貌や独特の雰囲気ですぐわかってしまう。

 見る人が見たら、やはり「普通と違う怖い人」なのだ。

 元反社であることをわかってもらった上で、接するしかない。

 代表者は「伴 浩」と書いてあった。韓国人なのだろうか。

 まあ、ここ十年韓国人も日本名を名乗って仕事をしていることは事実である。

「万事解決 広き視界」と書いてあったが、伴浩をかけたものであろう。

 僕は一度、伴浩氏に会ってみたくなった。といっても、僕の父が元反社牧師であることを公言するつもりはないが。

 もし公言して、元敵方の反社であるということがわかると、ややこしいことになりかねない。

 まあ、僕の父は代紋の大きな有名な組であったので、誰しもが恐れることは事実である。

 しかし、父は内部抗争に巻き込まれ殺されかかったなかから、牧師になったという稀有な経歴の持ち主であるが、それだけは自慢できる。


 僕は早速、ネットで住所を調べ「ネックストドア人生脱出」の伴浩氏に、会いに行った。

 場所は、繁華街の裏通りにあるが、大きなド派手な銀色に輝く看板が目に付く。

 ドキドキ感を抑えながら、チャイムを押した。

 

 ドアから出て来た男性の顔、いや風貌をみたとたんに、僕はのけぞりそうになった。といっても、いわゆるユニークフェイスではない。

 人相が少々悪いのである。いかにも反社のような風貌である。

 しかしそれを隠すように、ニッコリと笑顔を浮かべた。

「初めまして。私が伴浩です」

 僕も思わず笑顔を浮かべた。

「私ごとではないのですが、このネックストドアは、切羽詰まった問題にも解決の道を与えて下さるとお聞きしてやってきました」

 伴氏は、即座に言った。

「もしかして、あなたの彼女の問題ですか?」

 えっどうしてわかるの?

「私とあなたは、一度喫茶店でお会いしています。

 あなたは、連れの女性の男性関係について心配しているのではありませんか?」

 やはり、元反社だけあって、世の中の裏側には詳しいのであろう。

 伴氏は即座に語り出した。

「この頃、やたら多いんですね。二十五歳くらいまでの若い女性がホストにはまって、多額の売掛金をつくり、払えきれなくて売春行為に走るという悲劇。

 まあ、昔からなかったこともないんですが、この頃、コロナ渦の不況のせいで、ホストクラブも売上が落ちている。

 だから、なんとしてでも売上を上げるためには、そこまでしなければならない。

 そうしないと、ホスト自身が借金を被ることになるし、事実それが原因で、飛んでるホストは余りにも多い」

 僕はキョトンとしたような顔で「飛ぶとはどういう意味ですか?」

「飛ぶとは、行方不明になってしまうという意味ですよ。

 寮で同室で親しかった子が、朝になると荷物を抱えて行方不明。そんなのは、よくある話ですよ」

 僕はため息まじりに答えた。

「これじゃあ、人間不信になりそうですね。まあ、人間不信の人ほど、愛想がよく甘言がうまいといいますがね」

 

 

 

 

 

 

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