元アウトロー牧師の息子だが彼女を立ちんぼから救わなければ
すどう零
第1話 元アウトロー牧師の息子の黒歴史
あーあ、これからどうやって生きていこうか。
僕は、スマホショップ店員だけど、この頃不況のせいか妙に苦情をまくしたてる客が多い。まあそういう客はデジタル弱者と呼ばれている高齢者に多いが。
いや、もうスマホショップそのものが、閉店に追い込まれている状況である。
僕の名前は清竹裕貴、二十三歳。
現在は牧師の息子、しかしほんの十三年前までは反社の息子だったんだ。
僕の暗く辛い過去からお話しますね。
反社の子供というと、極めて少数民族マジョリティーの部類だろう。
まあ、地区によってはクラスに二、三人いるかもしれないが、大抵の場合はひた隠しに隠しているか、それとも非行のレッテルを貼られた奴が、もう開き直りと同情を獲得するのが目的で、親が反社という事実を匂わせるケースがある。
しかし、大抵の場合は同情を得られるケースは少ない。
特に商売人の子供からは、一見同情する演技をしながらも、敬遠されるのが通例パターンである。
まあ現在は、商売人に「僕の知り合いが、組の幹部に昇任するんだ。いい昇任祝い選んでよ」と言っただけで、恐喝罪になるがね。
もう反社は人間として生きられないといっても、過言ではない時代である。
「極道の月」の作者である天藤翔子氏も僕と同じ反社の娘だったという。
あと元アイドルの酒〇法子も父親が反社組長だったが、幼い頃に養女にだされたという。
理由のひとつは、環境がよくないと共に人質にとられるという危険性もあるからである。
人には様々な宿命があるが、僕の反社の息子に産まれたという宿命は変えられやしない。
子供は親を選べないのである。
家庭環境以外にも、人には誰でも自分では変えられない宿命がある。
生まれてきた世代ー昭和に生まれるか、令和に生まれるか、健常者として生まれるか、身障者として生まれるか、男女の区別など、これは誰にも選べやしない宿命である。宿命は変えられないが、運命は変えられる。
辛い過去を振り返ると、僕の父親は有名反社の当時若頭補佐だった。
しかし、なぜかその家族は経営者として成功しており、家族全員がクリスチャンで、日曜日は教会礼拝を欠かせなかったという。
なぜか僕の父親だけが、暴走族から金銭目的で反社になったというのが現実であるが、結局は内部抗争に巻き込まれて殺されそうになり、僕は人質を恐れて施設で育ったこともあったんだ。
週に一度、母親が面会に来たが、帰るときは無理なことだと思っていても、涙を流し母に追いすがっていた。
母の後ろ髪をひかれるような小さな背中が、今でも記憶に焼き付いている。
母は今でこそ笑顔であるが、母もまた辛かった、それ以上に人質にとられるという恐怖に怯えていたのだ。
この恐怖は女性ゆえに、男性の倍以上のストレスがあったに違いない。
母は一時期、タバコと缶チューハイを好んでいた。
芯の強い母だから溺れるということはなかったが、我を忘れて酒に酔わなければ生きていけない極限状態だったのであろう。
僕の父は元は有名反社の若頭補佐だったが、内部抗争に巻き込まれ命を狙われる羽目になってしまった。
生きるか死ぬかというよりも、殺すか殺されるかどちらかを二つに一つだった。
日本刀をもって追いかけられたという壮絶な体験をしたという。
刃物で刺せば監獄行き、刺さねば地獄といった日が続き、ついに東京へ逃亡する決心をした。
東京では最初ホテルに泊まっていたが、すぐ資金が果てた。
父は重度の覚醒剤中毒になってしまった。
牧師になった今は、逆にその体験を生かして覚醒剤中毒の子供を救う活動をしている。しかし、覚醒剤だけは一度体験したら最後、中毒になってしまう。
いくら祈っても、一時期は止めてもまた元に戻ってしまう。
子供が一度非行に走ると、親は特に母親は何をしたらいいのかわからなくなってしまう。自分に責任があったのか、あのときもっと、子供の話を聞いてあげればよかったのか、殴ってでも叱った方がよかったのか。
思考の迷路に入ってしまうと、どんどん落ち込んでしまう。
そして、夫婦間においても非行に走るとお互いのせいにしたがり、たいていの場合は母親のしつけ方にこそ、問題があったのだなどと責められることが多い。
しかし父は、重度の覚醒剤中毒の真っ最中、高校野球をみてこんな状態でいいのかと自問自答したという。
そんなとき、中学生まで家族全員で通っていたキリスト教会を思い出した。
十字架にかかり、処刑されたイエスは天に帰り、そして今でも生きている。
そしてこの事実を最初に伝道したのは、マグダラのマリアという売春婦である。
中学のときは、こんな荒唐無稽な話があるのか、単なる神話でありフィクションではないかと思っていたが、なぜかその話が現実として急に頭に飛び込んできた。
命を狙われている今、自分にはキリストにすがるしかないと思ったという。
父は最初は母と共に飲食店開業を目指していたが、やはり自分にはキリストを述べ伝えるしかないと思ったという。
母は「ヤクザの次はキリストぼけか。どこまで苦労しなければならないんだ」と嘆いたが、父の熱意に負け、やるだけやればとなかばあきらめ気味だったという。
父は紆余曲折を得ながらも、寮制度の神学校を卒業し、牧師の按手を受け、自ら教会を始めた。
その影響を受けて、元暴走族の男性も同じ道を辿ったという。
僕は父が反社時代、いじめられてきた。
このことを母に告白したのは、父が反社から牧師になったという事実がマスメディアに取り上げられたときである。
僕はそのとき、隣の地区の中学に通っていたが、もちろんそのことはひた隠しに隠していた。
僕はまたいじめられるという恐怖に駆られ、母に告白すると
「大丈夫、過去がどうであれ今は神様が守って下さるわ。さあ、学校へ行きなさい」
五歳のとき、母から遊びに行っといでと外にでた途端、まるで蜘蛛の子を散らすように、子供たちが四方八方へと逃げていく。
多分、この子らは親から遊んではいけないと言われてきたのであろう。
小学校のときは「お前、背中に刺青入ってるんじゃないか」と言われたこともあったという暗い事実が、瞬時に脳裏によみがえってきた。
しかし、今の僕はどんなことがあろうと一人じゃない。
だって、イエスキリストがついてて下さるから。
これからどんな誹謗中傷や誘惑があったとて、悪の世界に陥ることもない。
信仰の種を蒔かれた人は、悪事を犯す続けることはない(聖書)のだから。
僕の仕事は、スマホの宣伝と苦情処理のようなものだが、この頃は慣れてきて、店長から認められるようになってきた。
デジタル難民と呼ばれる高齢者には「わからないことがあったらまた来て下さい」といえば、嬉しそうな顔をしてくれる。
僕たちの仕事は、スマホを通したコミュニケーションなんだ。
そして今の世の中、高齢者に対するコミュニケーションこそが犯罪を防ぐ第一歩になっているのかもしれない。
僕の仕事は、朝十時から夜八時までの長時間労働である。
帰り道の電車のなかで、不思議と白い十字架が目に付いた。
朝の出勤時は、白い十字架は太陽に照らされてキラキラと輝くが、夜になるとなぜか暗闇にうっすらと光が帯びてくる。
僕にとっては、それが救いのような気がした。
性被害者のように、なかには声をあげることすらできない人もいる。
いや、声をあげたとしても世の中の権力のまえには、無力でしかないケースもあるが、真実はいつか暴露するものである。
「隠していたものは露わにされ、覆いをかけられたものは取り外されるためにあるのである」(聖書)
電車を乗り換えようとすると、派手ないでたちの女性が入ってきた。
まるでアイドルのような、フリルのついたミニスカートに濃いファウンデーションのいでたちの僕と同い年くらいの女性。
僕の顔を見るなり、目を伏せた。
思い出した。中学時代の優等生でクラス委員だった、福井ゆあさんだ。
遠足のとき、こっそりおにぎりをくれたのを覚えている。
おにぎりの具は、ピーマンとサバの煮つけだった。
僕はどちらも大の苦手だったが、そのおかげで食べられるようになった。
また、魚肉ソーセージとセロリのみそ炒めがおかずとして入っていた。
僕は今でもその味を、忘れることができない。
ゆあさんは、僕を覚えていたに違いない。
じゃあ、なぜ目を伏せたのだろうか? なにか人に言えないことでもあったのだろうか?
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