第14話 第三部:ただの日常

季節は冬に移り変わっていた。もうパーカだけでは寒くなりアウターが必要なくらい寒くなっていた。


実はここ最近バイトを新しく始めた。コーヒーショップのアルバイトだ。といってもおしゃれなチェーンのコーヒーショップではなく、昼は喫茶店、夜はバーになるようなちっぽけな店でのウェイターのような仕事だ。できるだけ暇な時間を無くそうとした結果こうなった。


その店は横浜駅東口から歩いて5分程度の静かな場所にある。横浜駅とイメージして浮かぶのは西口であり、東口はオフィス街であるため、華やかさは全くない。そのため客も少なく、夜のバーになっても客は1日に10人程度しか来ない。


特に今日は客なんて全く来ないと思っていた。なぜかというと今日はクリスマスイブだからだ。今日は家族と、恋人と過ごす日だからこんな店にはくる人などいないと思って出勤した。


そしてなぜか僕はカウンター越しにさっちゃんの愚痴相手になっていた。


「なんかムカつくよね」

「何が?」

「すぐそこのみなとみらいではイチャイチャしてるカップルばっかなのにうちはなんでこんなところで一人で飲んでるの?」

「知らないよ、そっちが勝手に来たんだろ」

「家にいたってつまらないし恥ずかしいじゃん、何も予定ないなんて」

「それはわかるよ、だから俺もバイト入れたんだから」


僕はお酒の作りからはあらかたわかってきたため、バーになる夜はカウンターの中でお酒を作ったりするようになっていた。


「カネキはさ、なんも予定ないの?」

「だから働いてんじゃん」

「去年は?」


去年は幸せだった。隣のみなとみらいでもえかと一緒にいた。こんな店で働いてもなかった。


「去年はもえかといたんでしょ」

「そうだったな確か、もえかがケイ先輩と色々あった頃だったかな」

「好きなの?」

「もえか?ケイ先輩?」

「もえか」

「好きだよ、好きじゃなかったらあんな一緒に飲んだりしないよ」

「恋愛的に?」

「うーん、まあそうかな」

「まあ見てればわかるけど」


なら聞くなよと思った。確かに気持ちを整理すればそんな感情が脳の中心に位置している。かと言って今はどうしようもないのだ。そして過去もどうもしてこなかったのだ。


「そういえばもえかにも同じようなこと聞いたなー」

「なんて言ってた?」

(とても気になる)

「まあいいわ、今日は一緒にのも」

「いやこっちは働いてるし」


僕は奥のテーブルで常連さんとお酒を飲んでいるオーナーの方の方に行った。


「オーナー、客からいっぱいもらったんですけどいいですか?」

「そりゃいいよもちろん、今日は全部つけとくから楽しみな」


おそらくオーナーはさっちゃんを彼女だと思っているみたいだった。まあそれに乗っかり、今日はいただくとしよう。


「言っとくけど、俺に飲ませたらお会計に俺の分もたされるからな」

「え、そうなの、自分で払ってよ」

「まあいただきます」


働きながらお酒を飲むなんてなんて贅沢なのだろうか。まあ今日は客も少ないしこのくらいは問題ないだろう。ただの客の少ない日というだけなのだから。ただの日常なのだから。


だいぶ時間も経って23時閉店まで後30分ほどだ。客もさっちゃんと昼にコーヒーを飲みにきて夜酒を飲みにくるいつものおじさんしかいない。


「てかさ、もえかはなんて言ってたの?」

「ん、カネキと一緒」

「まじ?」

「でもうちからはなんもいえないって言ってた」

「なんで」

「ケイ先輩の時、うまくカネキを利用したような気がして申し訳ないからって」


なるほど、そういうことだったのか。これを聞いて僕は冷めない。いくら利用されていたとなってもこの気持ちは変わらない。安心した。さっちゃんありがとう。


僕はささっと店を出て電話をかけようと決意した。やはり今日はクリスマスイブなのだから。

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