第13話 第三部:果てしない時間と距離

距離と時間は比例していくのではないかと僕は考えている。相対性理論やらなんやらで証明されているのではないだろうか。距離が離れれば離れるほど時間はゆっくりと流れるといった定理は導かれていないだろうか。


もえかがドイツに旅立ってからというもの僕の時間はゆっくりだった。たまに大学に行き、たまにバイトに行き、ただそれだけだ。僕はもえかがいるといったことにどれだけ甘えていたのだろうか。まともに人付き合いもせず、近場でお酒を飲み、この街を出ることが億劫おっくうになってしまっていた。


一年。

それは長い長い時間だと感じた。小学生だった頃なんてたった最近のように感じるがそれはもう10年も前のことになるというのに。


僕は一人で三匹の犬の散歩をしていた。すると青春の匂いがしてきた。いつだってこの匂いのする頃は自分に何かが起こっているときだと感じた。それが青春の匂いだと分かったのはだいぶ後のことであったが。


季節は秋となった。まだ三ヶ月しか経っていなかった。11月に入った頃、木々は枯れ始め、落ち葉が風に吹かれて乾いた音をアスファルトと奏でる。その音が寂しさを表しているようだった。


結局僕からは連絡をしていなかった。そして向こうからも連絡は来なかった。まだ出会ってから1年程度だ、しかしそれ以上の時間を過ごしてきたと僕は思っている。自信を持ってそう言える。


今日は久しぶりにサークルの飲み会だ。サークルの飲み会とはいっても人数は8人くらいで飲むだけなのだが。


いつもの大学の最寄駅の居酒屋で飲み、みんなはその後一人暮らしの先輩の家で飲むのだ。しかし僕はそんな気にはなれない。課題が忙しいと理由をつけて先に駅に向かった。


終電にギリギリ駆け込み最寄駅の一駅前までたどり着いた。その駅で僕は乗り換えをしなければならないが今日は歩きたい気分であったのでその駅で改札を抜けs歩くことにした。


歩いている途中のコンビニで一本レモンサワーを買うことにした。最近は授業やらバイトやらで忙しかったが、明日は何もない日であったからいくら飲んだって大丈夫であるだろう。


少し遠回りをして小さな公園でタバコを吸いながらレモンサワーを飲んでいた。目の前には公園に似つかない立派な木が立っている。オレンジの花をつけたいい香りがする木である。僕は金木、その花の名前は金木犀、運命を感じた。


もちろんつまみなどない。しかしこの甘い香りがなぜかお酒を急かしてくるような気がした。そしてこの青春の香りの中、やはり思い出すのは彼女であった。時差はマイナス七時間、今は夕方だろうか。僕はコールを鳴らした。


「もしもし」


この酸っぱい声で甘い話し方は彼女であった。


「久しぶり、元気?」

「うん、なんとか言語にもなれてきた」

「そっか」


何を話せばいいのかわからないのに電話をかけてしまった。


「どうしたの?急に」

「いや、なんとなく声が聞きたくて」

「久しぶりだね、てかなんで羽田来てくれなかったのよ」

「いやー、朝会ったから十分かなって」

「何それ、ちょっと期待してたのに」

「なんだそれー、俺がいったら羽田までずっと一緒の電車になるじゃん」

「そうだよ?てかまた酔っ払ってるでしょ?」

「またってなんだよ、今日は酔いしれてるんだよ」

「おしゃれなこと言って、似合わないから」


なんだかすぐ隣で一緒に飲んでいるかのようだった。僕は確かに酔っているが酔っ払ってはいない。この甘い香りと酸っぱいお酒と彼女のハスキーな酸っぱい声に甘い言葉遣い、それらに酔っているのだ。



「また飲もうな」

「もちろん、帰るまで待ってて、ドイツの美味しいビールたくさん買っていくから」

「うんじゃあまたね」

「うん、またね」


珍しく自分からまたねと言った気がする。

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