第12話 第二部:神奈川からドイツへ
なぜ距離が離れると心も離れるのだろう。一年前の僕に叱ってやりたい。あの時に、距離ができる前にきちんと気持ちを伝えていれば。
もえかがドイツへ旅立つ日、僕は犬の散歩をしていた。時刻は朝の6時半。いつもなら寝ている時間であるため、親からこんな朝から散歩など珍しいと疑われたものだ。僕の目的は最後にもえかの顔を見ておきたかったからだ。
「おはよう」
「おはよう、今日は一匹だけ?」
「そう、起きたらこの子だけついてきた」
「じゃあうちいらないじゃん」
たまに三匹いる犬の散歩を手伝ってもらっていたのだ。それも今日で最後となると悲しくなる。
「何時の飛行機なの?」
「11時発、だからもうすぐ家でなきゃそこからドバイに八時間くらいでそこからドイツまで五時間くらいだったかな」
「一回ドバイ行くんだ」
「まあ飛行機乗り換えるだけだけどね」
計十三時間も離れたところに行くのか、直通ならもう少し短いだろうけどと思った。あまりにも遠い。
散歩はそんな長くは続かなかった。もえかはこのあと大家さんに鍵を返して、この街を出ていくのだ。一年の留学ではあるが、一回家を手放して出ていく。きっと今見えるあのアパート、何十回と行ったあの場所に行くのもこれっきりなのかと思うと、もっと散歩をしたい。でも別れは来るものだ。
「じゃあぼちぼち、うちも最後の準備あるし」
「そうね、ありがとう」
「こちらこそ、今までありがとう」
「じゃあね、行ってくるね」
’じゃあね’
この言葉は嫌いだ。次の約束がない。’またね’であったらどれだけ心が喜ぶことか、僕以外にはほとんど同じ言葉に聞こえるかもしれない。しかし僕にはこの言葉に顎を殴られ、脳みそが揺れるようだった。
僕は空港までは行かなかった。行くならきっと空港までの電車は荷物を持ってやれるだろうし、一時間くらい話してられる。しかしこの街でのもえかをずっと保存しておきたかった。全ての思い出はこの街にあるのだ。お見送りは親やさっちゃんなどがくると言っていたから寂しくはないだろう。旅立つ方も寂しいが、旅たたれる方も寂しいのだ。すまない。
8時過ぎに朝食を食べた。きっと国際便だからもうそろそろ羽田に着く頃だろう。そこから僕は何もしなかった気がする。気が紛れるように音楽でも聞いていただろう。そうしているうちに11時であった。この瞬間、僕は気持ちを伝えられないまま、距離が遠くなった。
これからこの街の、僕が生まれ育った街でどのような楽しさがあるのだろうか。
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