第8話 聖なる夜

クリスマスイブの帰り、いつものことながらもえかの家にお邪魔していた。しかし今日は特別な夜だ。


実はというもの、帰りの電車では少しきまづかった。手なんかを繋いで歩いたはいいが電車の中でも繋いでいるわけではない。何を会話したかも覚えてくないくらいだ。もしかすると会話もしていなかったかもしれない。


家について僕はダウンジャケットを脱いでハンガーにかけた。いつもの1Kのキッチンと今を隔てるドアノブにそれを引っ掛けた。するともえかは恥ずかしそうに言った。


「ちょっと着替えるからこのドア開けないでよ」

「開けないよ、もちろん」


今までこんなことはなかったが、よくこのドアを見ると木目調のドアで中心には縦長にスリガラスが埋め込まれたようなデザインだから若干はシルエットが見える。しかしこのドアを潜って右にはキッチン、左には洗面所とトイレがあるためきっとそこで着替えるから何も期待はできないが、僕はその曖昧なものしか映さないガラスを見ていた。


そしたらドアノその向こうで着替えているじゃないか。細長いベージュのシルエットと紫のアクセントが少しだけ見えてしまった。いくらなんでも無防備ではないか。ドアを蹴破ってしまいたいが、あいにく今日は酔いはもうとっくに覚めてしまっていた。


少ししてショートパンツと長袖のTシャツ姿でもえかが出てきて僕は慌ててスマホに目を向けた。


「そんな格好で寒くないの?」


あまりにも足の露出が多いから僕は聞いた。もえかは寒くないし、家じゃいつもこんな感じだと答えた。ちょっと目のやり場に困る。前にも言ったがもえかは隙をあまり見せない。珍しいなと感じた。


何もすることはなく、なにもつまみもない。冷蔵庫の中にあったソーダでハイボールを作り二人で飲んでいた。テレビでは歌番組のクリスマスソング特集がやっていた。


二人とも黙ってそれを聴いていた。たまに聞こえるのは隣からの鼻歌だった。


ダラダラしていたら時計は0時を回っていた。もうそんな時間なのかと思った。


「12時過ぎたね、メリクリ」

「メリークリスマスってこのタイミングでいうの?」

(確かに、考えたこともない)

「わかんないけど、なんとなく」

「じゃあメリークリスマス」


「じゃあぼちぼち帰るかなー」

「帰るの?」




「今日はまだ帰らなくていいよ」

「じゃあもうちょっといようかな」

「じゃあシャワー使っていいよ」

「え、いいよ別にそんな汗かいてないし」

「まあいいからどーせ今日も床で寝ちゃうかもしれないんだから」


初めてもえかの家でシャワーを使った。いつもは寝る前に来るか、家でシャワーを浴びた時間以降に呼び出しなどがかかるため初めてだ。最初に色々せっけんの位置などを教えてもらい僕はシャワーに入った。初めてなのにせっけんの匂いは覚えがある。そりゃそうだ。


シャワーをささっと出るとタオルともえかの高校の体操着セットが置いてあった。着替えを置いておいてくれたのだ。僕はもえかより少し小さいからちょうどいいサイズだった。悔しいが。


「サンキュ、さっぱりしたわ」

「じゃあうちも入ってくるからテレビでも見てて」


そうしてもえかはお風呂に入って行った。僕は上の空だった。いつの間にかドラマが放送されていたが知らないドラマの第5話となっており、全く内容なんか入ってこなかった。時間が永遠に感じた。シャワーの音が1Kだと微かに聞こえる。


ガチャという音が鳴った。首にタオル巻き、さっきと同じ姿だが髪が濡れているもえかが出てきた。

(あれ、俺同じせっけんで洗ったよな)

もえかは別人のような匂いがした。シャンプーなのか、ボディーソープなのか、果たしては元からなのか。これは女性ホルモンで男性ホルモンを活性させるものだとさえ思った。


「ドライヤーこっちに置いてるんだよね、洗面所にいい置き場なくて」

「まあベットに座りながら乾かせるからいいんだけどね」


そうしてもえかはまず化粧水か何かを顔に塗っている。その次にドライヤーを使い始めた。


まだ乾かし始めて1分くらいで一回ドライヤーが止まった。いや止めたのだ。


「乾かしてくれないの?」

(はぁ?)


「いや、俺女の子の髪とか乾かしたことないし」

「こういうシチュエーションって乾かしてくれるものでしょ?」

「まあ確かに、、、」


そのあとは黙ってドライヤーを突き出され、受け取ってしまった僕はベットに腰掛け足を広げて座った。その間にもえかが床に座り乾かした。やり方なんて全くわからない。生涯短髪の僕はドライヤーなんて使ったこともない。妹がやっていたように少し遠くから熱くならないよう、慎重に、慎重に、黒板に爪を立てても音が鳴らないくらいにゆっくりと髪をとかしながら。


「ありがと」

「どうだった?美容師見習いくらいはなれそう?」

「美容師見習いはもっといろんなことできないとなれないよ」


それはそうだったが、もっと何か言ってくれよ、と思った。


そのあとはもう眠くなってきたためいつも通り、と言ってもクッションをカーペットの上に持ってきて寝っ転がった。


「今日はベットで一緒にねよ」

(ん、、、?はぁ!?)

「どうしたの?」

「いいじゃん、今日くらい」

「別にいいけど、そっちはいいの?」

「いいから言ったんじゃん」


心臓がばくんばくんと脳に血液を回す。これじゃ寝れないじゃないのか。あいにく僕には明日なんの予定もないが。


僕は壁側がいいと言った。じゃなきゃ落ち着かない。結局シングルベットで僕が壁側、もえかがテーブル側の落ちる方に寝っ転がった。それでもシングルに二人はどうしたって近すぎる。でも理性は絶対に保つ。頑張ってくれ僕の中の天使側。


もえかがキャンドルの炎のような色の常夜灯にしてなんとも言えない雰囲気になった。もちろん僕にそういう経験がないわけではない。しかし一人暮らしの女の子の家で同じベットで寝るなんてことは初めてだった。


「そんな体勢で苦しくない?」


もえかが心配そうに、しかし僕の耳元で小さな声で聞いてきた。確かに、今僕はけべに向かって横になっている。狭いところにいないと落ち着かないのだ。


「もっとこっちきなよ、なんかうちがほぼ使ってるみたいで嫌なんだけど」

「うん」


僕は仰向けになってもえかの方が僕の肩に当たった。つまりは手は少し動いたら小指が当たるくらいだ。


「すっごい心臓の音聞こえるんだけど」

「まあまあ」


なんとも言えない。こんな近くにいるのだから、あたりまえだ。理解してくれ。


「うちもしてるから大丈夫」


そう言うともえかは僕の手を取って自分の胸に持って行った。感触なんて覚えていない。でも確かにもえかの脈は、心臓の音は感じた。ただそれだけだった。


「ほんとだ」


僕はそれだけ言ってうまく誤魔化した。


「カネキは襲わないの?」

「なんでよ、理性保ってるんだよ」

「ケイ先輩は違った」

「一緒にすんなよ、あんな奴と」

「ケイ先輩嫌いなの?」

(本音が出てしまった)

「まあなんかあんま良くない噂聞くし」

「やっぱそうなんだ、、、」


沈黙が苦しい。


「いいよ?うちは」

「なにが?」

「襲ってきても」

「なんじゃそれ、、、」

「なんかそれは俺が悪いみたいだし、あいつとは一緒になりたくないもん」

「一緒じゃないよ、うちから誘ってるんだもん」


こんな積極的だったのか。僕は驚いた。


「いいの?」

「もうなんでそんな聞くの、うちから言ってるのに」

「自信ないし」

「別にそんなのどうでもいいもん、気にしないで」


そこから僕らは体を重ねた。薄暗い中、初めて、一緒になった。


結局寝る体勢は僕が壁側の仰向け、もえかが僕に向かって横に向いた。もえかもほんとは壁側が落ち着くらしいが今はこれでいいらしい。僕が左を向くともえかの顔が近くにある。


そこからは何時までかダラダラと話した。もえかがそんな積極的であった理由はケイ先輩とのことでこの気持ちを年末まで引きずりたくなかった、僕であれば許せるし少しは楽になれるからだと言った。


最後に交わした言葉はしっかりと覚えている。


「カネキはこうなっても離れてかないよね?」

「もちろんだよ、約束するよ」

「ならよかった、安心した」


そのあと今日か昨日かわからないが、一限から大学に行っていた僕は眠ってしまったようだ。もったいないことをしたなと後日思った。


’離れていかない’この言葉はぼくにとってもうれしかったが、、、。


この日が一番距離が近かった。






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