第7話 弟よ、姉は呆れてものが言えないよ(オリヴィア視点)
いきなり、ランスに腕を掴まれた。
「姉上、ちょっとこちらに」
部屋の外に引っ張り出された。
「姉上、お願いです。私とベアトリーチェの時間を奪わないで下さい。私は昼間は仕事でベアトリーチェに会えるのは夜しかないんです。それにもうすぐ殿下について隣国に行かなくてはなりません。そうしたら1ヶ月は戻れない。姉上はまた昼間にベアトリーチェに会いに来ればいいでしょう。今日は帰って下さい」
「わかったわ。でもべべはあなたに嫌われてると思ってるわよ。なんとかしないと逃げられるわ。ちゃんと言葉で愛を伝えなさいよ」
「解っています。でも……」
「とにかく今日はリックに迎えに来てもらうことにするわ。ランス、言葉は大事なのよ」
私はそう言って部屋戻った。
べべと初めて会ったのは私が8歳の時だった。
べべのラインバック侯爵家と私の実家のブリーデン公爵家の領地が隣同士で、一緒に事業などもしていたので、代々仲が良かった。
ラインバック侯爵夫妻にとってべべはふたりめの子供だった。我が国は男も女も跡取りになれるので続いて生まれたのがまた女の子でもみんな大喜びだった。
べべが生まれてから暫くはラインバック夫人は領地で静養していたので、私たち家族は、領地に戻った時にべべに会いに行った。
べべは天使かと思うくらい可愛かった。薔薇色のふくふくしたほっぺ。まん丸い目、ちっちゃい鼻、小さな手足、その全てに私は魅入られた。
私は弟のランスが生まれた時はまだ3歳、妹のアンジェラが生まれた時は5歳だったからか、なんとも思わなかった。まぁ、アンジェラは可愛かったが父とそっくりだったので微妙だった。
べべの時は8歳であったため、可愛いモノをしっかり認識できた。
それは私だけではなかった。
隣を見ると、目を見開き固まったままの弟のランスがいた。
ランスは王太子殿下と同じ年で側近候補なので子供を集めたお茶会にはいつも参加していた。王太子殿下の目に止まりたくて、可愛く着飾った女の子たちを沢山見ていたはず。
そのランスがべべの前で固まっている。理由は私と同じなのだろうか?
「母上、私はあの子と結婚したいです。王太子殿下の側近となれるように一生懸命頑張りますのでブリーデン侯爵にお願いしてください」
いきなり、母にそう言って頭を下げた。
「わかったわ。お父様にお願いしておきましょうね。ランスロット、人の人生を背負うというのは大変なことなのよ。あの子の人生を背負える男になれるように精進しなさいね」
「はい」
それからのランスは勉強もか鍛錬も頑張っていた。
まさか、ランスがちゃんと名前を言わずにあの子と言ったばっかりに母も父も勘違いして、ランスロットがべべの姉のマデレイネと婚約に至っていたとは、その時は私もランスも気がついていなかった。
ランスは母に言われたとおりべべを守れる男になるように己を鍛えていたのに。
その事実を知った時、私は驚き、ランスは激怒した。この婚約は父とラインバック侯爵のふたりの間で、ランスにもマデレイネにもアカデミーに入るくらいまで自由にさせようと考えていたようで、他言していなかった。だからランスも私もべべと婚約したとばかり思っていた。マデレイネのことが嫌いと言う訳ではないが、べべが好きで好きすぎて拗らせているくらいのランスが事実を受け入れることはなかった。
父と大喧嘩をしたランスはそれ以来父との間に溝ができ、口を聞くこともなくなり、殿下の側近にもならない、騎士の訓練も辞めるとゴネて部屋に引きこもっていたのだが、私が『いつ、どんな事が起きて、逆転できるかもしれない、べべと結婚したいなら、こんなところに、引きこもっていないでべべに相応しい男になりなさい。こんな男にべべは渡せないわ』と叱咤激励し、ランスはなんとか元の頑張るランスに戻った。
時は過ぎ、べべは恐ろしく可愛い令嬢になった。デビュタント前なのに釣書があとを絶たない。
しかし、肝心のべべは色恋になど全く疎く、刺繍が好きで刺繍ばかりしていた。
私の結婚が決まり、嫁ぐ前には『私は全然モテないのでオリヴィアお姉様のように素敵な方と結婚できるかしら?』と言っていた。
可愛いべべがモテないわけがない。べべに男が寄ってこないのは、ランスが持てる力、持てるツテの全てを使い阻止していたからだ。公爵令息の立場を使い、自分より下位貴族の令息には圧力をかけ、同等の令息には王太子殿下に『ベアトリーチェに言いよる男を排除するのを手伝って欲しい』と頼み込んで蹴散らしてもらっていた。とんだ腹黒男だ。
徹底的に近寄る男を排除されていることなど何も知らない可哀想なべべは自分はモテないと思い込んでいたのだ。
ランスはベベが好きすぎて言動がおかしくなっていた。
べべはランスを自分の姉の婚約者なのに姉と全く交流していないことが不思議だったようた。
まぁ、マデレイネにしても、ランスと婚約していることが隠れ蓑になってちょうどよかったのかもしれない。小さい頃からマデレイネと私の妹のアンジェラは思い合っていた。
それを聞かされた時にそんなに驚かなかった。私はふたりに『任せておいて』と告げ、ランスに真実を教えた。
その時、飛び上がって喜んだランスの姿が今でも瞼の裏に焼きついている。普通、自分の姉が百合だと知ったら驚くと思うけど、ランスにしたら、そんなことはどうでも良かったのだろう。
腹黒ランスはすぐに両方の両親を呼び、アンジェラとマデレイネを添わせてやりたいと説得した。
ランスは、ふたりのことを思って全てがうまく行くように動いているとマデレイネの両親とうちの父は感心していた。しかし、私と母は知っている。ランスは自分がべべと結婚したいがために、邪魔なマデレイネを排除したかっただけだ。どうやって誰も傷つかないように排除しようかと策を練っていた時にこの話が飛び込んできたので、即行動したのだ。ランスの取り計らいでマデレイネとアンジェラは隣国で仲良く暮らしている。
ふたりはランスが腹黒とは知らないので、ランスに感謝している。それにしてもこんなに上手い話があるのだな。まさに事実は小説より奇なりだと思った。
それからランスはべべと婚約した。13年も片想いし、やっと邪魔者もいなくなり、自分の者にしたのだからどれだけ溺愛するかと思っていたら、拗らせすぎておかしくなっているランスはべべを前にすると無口になる。頭の中にある膨大な言葉を整理できないらしい。
お茶会をしても全然喋らないランスにべべは『ランスロット様はきっと私のことがお嫌いなのですわ。やっぱりマデレイネお姉様のことが忘れられないのね。そんなに嫌なら婚約を解消してもいいのに』と言う。
いやいやべべ、婚約を解消なんかしたらランスは死ぬよ。マデレイネの事なんか全く爪の先ほども思ってないのよ。拗らせるだけだからきっとそのうち何かのきっかけで話せるようになるはず。
私はそう信じていた。それなのにあの馬鹿は結婚してもまだ拗らせたままだったなんて。いやより深く拗らせている。
我が弟よ。姉は呆れてものも言えないよ。
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