第9話 ランス様が隣国に出かけました

 今日からランス様は王太子殿下のお供で隣国へ行く。1ヶ月くらい留守にするらしい。

 王太子殿下が王女を娶る前に国王や王妃様に挨拶に行くらしい。

 ランス様は側近、そして護衛としてついていくのだそうだ。


 私は閨事から解放され、しばらくひとりでゆっくりできるとウキウキしていた。


 昨夜は旅立つ前ということもあってか、いつもより激しくこってり濃い閨事だった。この2週間、毎日大変だったが少し慣れたつもりの私をあざ笑うくらいのヘビーさだった。


 やはり騎士の体力は普通じゃない。もし生まれ変わることがあるなら、今度は絶対文官と結婚しよう。騎士はもう懲り懲りだ。


 鉛のような重い体を引きずり、なんとかドロシーに着替えを手伝ってもらい、ヘアメイクもばっちりし、旅立つランスロット様の見送りに玄関ポーチまで来た。


「ランス様、いってらっしゃいませ」


「うん」


 また「うん」かよ。


 ランス様は私をじっと睨んでいる。ちょっと怖いんですけど。せっかく辛い身体で頑張って見送りに来たのに、優しい言葉もないし、優しい顔が無理ならせめていつもの無表情でお願いします。睨まれたらさすがに心が折れるわ。


「では」


 ランス様は馬に乗り、王宮に向かった。


「やっと行ったわね」


 お義母様は苦笑いをしている。


「さぁ、お茶にしましょうか? べべちゃん、身体は大丈夫? 辛かったら休んでいいのよ」


 優しい言葉はうれしいが、ちょっと恥ずかしい。私の身体が辛い原因が原因だからね。


「大丈夫ですわ。ランス様がしばらくお戻りにならないかと思ったら元気が出ました」


 あっ、失言だわ。あんなのでも、お義母様には息子だもんね。


 私は思わず手で口を押さえた。


「いいのよ。わかるわ。ランスは粘着質ですものね。全く誰に似たのだか。旦那様も私もどちらかといえばさっぱりしているし、オリヴィアはあの通りだしね。ささ、ランスがいない間に食べようと思って今流行っているお菓子を買ってきたのよ。食べましょうね」


 ランス様が行った後、サロンでお義母様とお茶をしている。この家に嫁いできて、こんな時間に起きていてお義母様とお茶なんて初めてだ。


「そうだ、べべちゃん、王妃様があなたが着ていたウエディングドレスと夜会のドレスの刺繍が物凄く素敵だったとおっしゃってね。それでね、殿下の婚約者に刺繍をしたドレスを贈りたいそうなのよ。ドレスに刺繍をしてほしいそうなのだけどダメかしら?」


「隣国の王女様ですよね?」


 お嫁さんになる方のプレゼントに私の刺繍をなんて感激だわ。


「私の刺繍でよろしければいつでも刺させていただきますわ」


 私の答えにお義母様はうれしそうだ。お義母様と王妃様は姉妹なのだ。お義母様が妹にあたる。


「王妃様は時間があればお話をしたいので王宮にきてほしいそうなのだけどどうかしら?」


「大丈夫ですわ。しばらくランス様はお戻りになられないし、日時はお義母様におまかせします」


 私はお義母様と一緒に王妃様に会いに行くことになった。


 王妃様は私の刺繍の上得意様で、夜会やお茶会でさりげなく私の刺繍したものを身につけ宣伝してくれるので、同じようなものが欲しいと注文して下さる方が沢山いて、私は刺繍作家としても結構忙しい。

 ただ今はランス様のせいで身体がちょっと辛いので注文はストップしている。これからしばらくランス様がいないので、昼間は小公爵夫人として仕事をし、夜はまた刺繍の仕事をしようかと思っていた。


 王妃様はこの世のものとは思えないくらいに美しく、上品で慈愛に満ちている。そんな王妃様と久しぶりにゆっくりお話できるなんて嬉しい。


 憧れの王妃様と縁続きになれたことはランス様と結婚して、お義母様の義娘になれたからだ。お義母様も素敵だし、お義姉様もカッコいい。ランス様以外はみんな優しくて、私をとても大事にしてくれる。

 だから子供を産むだけのお飾り妻でも構わないのだ。ランス様なんて気にせず、私は私の好きな方々に望まれるまま、好きな刺繍をバンバンしようと思う。


 せっかくなのでお土産にハンカチに刺繍をしたものをお渡ししよう。私は早速絹のハンカチに絹の糸で刺繍を始めた。



 いよいよ王妃様に会いに王宮に行く日が来た。


 髪とお化粧はドロシーが良い感じに仕上げてくれた。そしてお義母様が誂えてくれ、それに私が刺繍を足したドレスにした。


 サロンに降りて行くと、お義母様はシンプルなドレスに私が刺繍をした絹のストールを巻いていた。


 自分でいうのもなんだが、刺繍のストールめちゃくちゃ素敵。惚れ惚れする。


「お義母様、今日は王妃様のお土産にハンカチに刺繍をしてみたのですが、いかがでしょうか?」


 私はハンカチを義母に見せた。


「素敵ね~、べべちゃんの刺繍はいつ見ても惚れ惚れするわ。王妃様きっと大喜びよ」


 よっしゃあ~! 心の中でガッツポーズを決める。


 私は義母と共に馬車に乗り、王宮を目指した。

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