第60話 更なる地獄の日々。

幸せ運送と満腹さんを出た先は真の地獄だった。店に住み込みで働かせてくれと頭を下げて頼んで雇って貰い、料理を教えて貰いながら少ない稼ぎを貰い仕事をする。


満腹の萩月さんや幸せ運送の山田さんみたいに親身になってくれて、「俺も紹介状を書いてやる!スマねぇ!」と謝ってくれた焼き鳥屋の店長も居たが、金もくれずにこき使ってきた奴や、寝ている間に金を盗もうとしてきた奴も居た。

中には被害なんてまだそんなにないのに、迷惑料を徴収してきた奴も居た。


だがどこの誰が相手でも俺はキチンと生きた。

料理の腕だけは磨き続けた。

一日も早く柚子香を迎えに行く。

その事だけで歯を食いしばって生きていた。



俺は一つの街に居られなくなると次の街を目指す。

徐々に北上していて、今は福島に居場所がなくなって、仙台の県境まで来ていた。

小さな町にあるイタリアンレストランに頭を下げて雇って貰った。

店長の大久保さんは、客ではなく店に住み込みで働かせてくれと言ってきた俺を見て迷惑そうにしたが、「給料は食えるだけ貰えれば文句を言いません。料理を教えてください!」と土下座をしたら、それ以上は何も聞かずに働かせてくれた。


飲食店の従業員としての質問はあって、「何をしてきた?」と聞かれて、この一年の料理人としての経験を見てもらうと、「定食屋に居酒屋、中華料理屋に焼き鳥屋と焼肉屋…。まあ役に立つなら使ってやる。俺は離れに住んでる。店の2階は物置だが、住んでいい。掃除して住め」と言ってくれて「名前は?」と聞かれた。


「雄大と言います」

「苗字は?」


俺は内春を言いかけながら、母親の旧姓佐藤を出しておいた。

内春を疎ましく思い、捨てたいと願ったのに、いざ使えなくなると不便で、使わないと不安になる。もう夏が過ぎるころには佐藤雄大を名乗っていた。佐藤雄大として柚子香を迎えに行けるのだろうか、名前一つなのに不安で堪らなくなり、それは新しい店に行く度に襲いかかってきた。


店の名前はItalian windで俺の何度目かわからない新しい日々が始まった。

布団をくれた大久保さんは身だしなみが気に食わないと言って、俺を近所の床屋に押し込んで身だしなみを整えさせてくれた。


お金を払おうとしたら「お前じゃ払いきれねぇよ。働いて返せ」と言われてその日から仕事に打ち込んだ。


時間の限り働いて覚えていくと、1週間後には料理の手伝いをさせてくれて、賄いを作るように言われるようになった。


「なんだ?お前は何でもやれるな。なんでそんなにポンポン店を変えてんだよ?」

食事中に聞かれて俺は答えに詰まった。


それはItalian windの前に行った定食屋で事情を説明したら、給料ももらえずに追い出された事が苦い経験として思い出されていたからだった。


「言えない…か。まあ仕事をしてくれればそれでいい。自分で作ると味が均一でつまらんし賄い係としては優秀だ。頑張れよ雄大」

「はい。ありがとうございます」


俺は2ヶ月目に入ると身体が強張る。

そして案の定始まる嫌がらせ。


Italian windは軒先の駐車場にゴミを撒かれて無言電話が続いた。


訝しむ大久保さんの元にグレーな連中からの電話があったのだろう。

営業終了後に、片付けと食事の前に「雄大、来い」と店の奥に呼ばれた。


「何があった?ここ数日の嫌がらせはお前が居るからだと電話があった。しかも相手は佐藤雄大ではなく内春雄大を雇うとお前も不幸になると言われた」


俺は遂にその日が来たと思い、「すみません」と謝ると、大久保さんは「謝るより先に何があったか言え!」と怒鳴ってきた。


そうなる。

俺も同じ立場ならそう言う。


俺が事情を説明しようと口を開いた時、店のドアをドンドンガンガンと叩く音がした。

遂に実力行使かと思った俺は、何とか大久保さんを守ろうとしたが「お前はウチの従業員だ。私が守る!」と言った大久保さんはドアに向かって行ってしまった。

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