第58話 戦いの始まり。

柚子香との馴れ初めの話をすると「なかなか苦労しているな」と勝田台重夫は言う。


「まあね。だから最初に作ったフォトブックは、俺が本気になる前の嫌々仕事で婚約者を演じた時の顔だから、つまらなそうにしてるんだ」

「なら何故それにしたんだい?」


「最初の1冊は婚約者…柚子香が俺の分も作ってくれた。でも俺はその時には本気になっていたから、結婚をしたら2冊ずつになるから1冊にしてくれって言って、お互いのフォトブックにお互いがメッセージを書いたんだ。俺が持っているフォトブックには柚子香の言葉が書いてある。だから俺は柚子香の顔と言葉を持って戦いに来たんだ」


「成程な。それは持つべき物だ。…戦いか。すまなかったと思っている」

「立場とか色々なものがあるだろうから、恨み言は言わない。でもこれも柚子香や内春の無事があっての事で、風の噂でも俺の耳に何か入ったら命に換えても復讐するよ」


「わかっているよ」

「まあ、こうでもならなきゃ俺は成長出来なかったと思っているから、フェアな戦いならいいよ。運転してくれている代理人さんにも言ったけど、身一つで生き延びて柚子香を迎えに行ける男になれたらおしまいにしてくれるよね?」


「勿論だ。勝田台重夫として約束する」

「おじさんが話の通じる人でよかったよ。あのさ、変な意味はないんだけど、一応聞けるとこだけ聞いていいかな?」


「何かな?」

「娘さんの事。別に下心とか何かがあるとか、恩を売るとかじゃないんだ。ただ、柚子香は代理人さんがウチに来るまでは、本気で彼女の元クラスメイトとして何か出来ないかって考えていたんだ。だから近況を聞きたくてさ、でもおじさんが話したくなければそれでいいんだ。出来たら元気になってもらいたいだけなんだ」


勝田台重夫は怖い顔の後で唸った後で「ここで話した事を君の婚約者には言うかな?」と聞いてきた。


「いや、じゃあ代理人さんが俺を車に乗せて、北に行ったことだけ伝えに行って、その時に話せるところまで話してくれるでもいいかな?そうしたら俺は柚子香にも内春の人間にも言わないよ」

「なら話そう。君はウチの娘の映像を見たかね?」


「あの俺が刺された日の映像なら警察署で…」

「いや、違うよ。あの悪魔どもの手で汚され陵辱される娘の姿だよ」

俺は見てないと言おうと首を横に振った時、勝田台重夫は「私は見たよ」と言った。


俺はドン引きで勝田台重夫の顔を見た時、「親としての義務だ。もし仮に君の婚約者が同じだった時、君なら見ていたと思うよ」と言い、「不憫だった。映像は5本あったよ。中に映る娘はまだ清楚さの残る姿から、映像が変わる度に肌の色が変わり、髪の色が変わり、ピアスが付き、刺青までされていた。娘が言ったよりも映像はあったよ。多分隠し撮りだろう。最後の映像は奴らの言う葉っぱが使われていた。騙された娘にも非はある。勿論、君と婚約者の仲を妬んで、取り返しのつかない所に自らの意思で足を踏み入れた事で言えば、娘に過失しかない。だから私は不憫さから娘の願いを無碍には出来なかったが、間違っていることはわかったから君の申し出を受けたんだ」と言って目頭を抑える。


「娘の近況だったね。申し訳ないが君が孤独な戦いに出ると聞いて、娘は婚約者の彼女が苦しむ事を喜んでいた。そして初めて治療をキチンと受けると言ってくれた。西日本に言って刺青を薄くする美容医療を受けて刺青を取り除き、髪の色や日焼けの肌を元に戻す事を受け入れたよ」

「前は薬物治療の病院って聞いていたけど」


「ああ、それは思いの外問題はないそうだ。粗悪品だったから中毒性は少ないらしい。娘は初めて知ってしまったから依存したが、心が強くなれば手にしようとは思わなくなると言われたよ」

「そっか、それは良かったよ。俺達は娘さんを憎みきれない。俺達は彼女がいてくれたからお互いの気持ちを知った。婚約者になった。彼女が居なければどうなっていたかわからない。だから感謝はしてる」


俺は最後に「でも、しつこいようだけど全部柚子香の無事と、内春の人間に問題が起きない事が大前提だからね。おじさんが何もしないと言っても、おじさんの繋がりで何かが起きたら俺は許さないよ」と言うと、「わかっている」と返した勝田台重夫は「県庁所在地は?」と運転している代理人に聞く。


代理人が「まだもう少しです」と言うと、「ならもう少し話をしよう」と言った勝田台重夫は、俺が自宅に居ないで柚子香の家をウチと呼んでいたことが気になっていた。


「簡単ですよ。俺は親に捨てられました。親は内春の中での地位の為に、下手したら腕が治る前、卒業式の前に俺を放り出して中卒で苦しめて、おじさんに恩を売るかも知れない。だから柚子香の家族が俺を匿ってくれたんだ」

「酷い親も居たものだ…」


「そうだね。そこからすればおじさんはいい親だろうね。娘の為に、とても正気では居られない事をしている。ウチの親なら間違いなく知らないフリをして被害者ヅラして美味しいところ取りをしてるよ」

少し言いすぎたかなと思ったところで「ご主人様、宇都宮に着きました」と言って車は止まった。


「ではここまでだ。頑張ってくれ」

「そうするよ。あ、仮に俺がのたれ死んだら、遺体ぐらいは家に帰してくれるよね?」


「約束しよう」と言った勝田台重夫は、「まだ寒い、朝までこれで暖かくするといい」と言って俺に五千円札を出してきた。


「いいの?」

「ルールをキチンと決めなかった私の落ち度だ。これくらい何のこともない」


俺がお礼を言って受け取ると車はさっさと走っていってしまった。


見知らぬ土地の夜中は本当に怖い。

手元の二万三千円が生命線で、どうしたらいいか悩みながらとりあえず暖を取れそうな所を探す事にした。

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