第56話 勝田台 重夫。
見送りはやめて貰おうと思ったが、柚子香が泣いて嫌がったので玄関までにした。
あの代理人が柚子香のウチの前まで来る徹底ぶりなので仕方ない。
相手も容赦がないのは始発の時間ではなく、0時ちょうどと言ってきた事だが、それを認めたからこそ、ある程度の関係が築けたと思いたい。
柚子香は泣きじゃくっていて、俺は抱きしめてから「スマホも荷物も全部置いていく。もし身一つの中にこれだけが許されるならっていうなら、柚子香と作った最初のフォトブックを持っていく。ダメならあの代理人にポストに入れとくように言うよ。スマホはパスワード外してあるから見たくなったら見てくれ」と言い、柚子香の父親に「面倒事をすみません。俺の保険証とマイナンバーカード、後は銀行口座のカードとかを預かっていてください」と言って渡す。
俺が何かを手放す度に柚子香は震えて泣いていく。
最後にはナップザックに数着の服と財布に一万八千円とフォトブックだけを入れて外に出る。
柚子香が「雄大!!!」と泣き叫んで追いかけようとするのを柊達が止めてくれた。
「行ってきます」
俺は振り返らずに外に出る。
門戸の所にあの代理人が待っていた。
キチンと出てきた俺を見ると、目を丸くして「今時珍しい若者ですね」と言ってきた。
「そう?とりあえず近いと柚子香が出てきちゃうし、俺も帰りたくなるから駅まで歩こうよ」
「それでは少し行きましょう。お時間をいただけますか?」
俺は代理人の後をついていくと、如何にもな真っ白い高級車が俺を出迎えた。
え?殺される?
「何あれ?拉致?」
俺は身構えながら逃げ出す用意をすると、「いえ、ご主人様があなたに興味を持って、ぜひお話をさせて貰いたいと言う事でした。もしご同乗頂ければ多少の優遇はお約束します」と言われた。
俺は従う事にして車に乗ると、ゴリラみたいなおっさんから「君が雄大だね?」と言われた。
「おじさんが勝田台さん?」
「ああ。勝田台重夫と言う」
「強そうな名前だね」
「よく言われる。何を話そうか?」
「おじさんが俺を呼んだんだよね?」
「そうだな。ではどこに行くか教えてくれ」
「特に決めてないけど北に行くよ。俺の話を聞いた人たちは、皆北を勧めてくれたからね」
「そうだね。北は寒いが人は暖かいと聞くからいいね」
勝田台重夫はその後で運転手を勤めるあの代理人に、「北へ行け」と指示を出すと車が動き出す。
「おじさんは俺に興味を持ったって何さ、その話をする?その前に約束の話をする?」
「では約束の話を聞こう。君は本当に保険証もマイナンバーカードも持たずに来たのか?隠し持たずに?」
俺は呆れながら「そう言う約束だろ?中身を見る?」と聞いて財布を見せて「18歳だから1万8千円は許してよ」と言うと、引き気味に「…勿論だ」と言う。
条件がきつくならない為に話さなかったが、話してたら条件が緩くなった気がしていた。
「あのさ、荷物に俺と婚約者のフォトブックを持ってきたんだけど、認めてくれない?」
「勿論だ。それは厳選の一冊なのかい?」
「いや、最低の一冊だ」と言って内春家のことを知っているかを聞く。
勝田台重夫は元々調べ上げていたので知っているのに、「少しなら」と言ったので大した事のない一般家庭が一族を名乗って結束した家族だという事。
長子を至上にする事で、男でも女でも早く生まれた者が強い事、誉が今のトップで孫娘の柚子香が将来のトップ。
俺自身が内春家をよく思ってなかった事、そんな中、勝田台風香が市川明彦と付き合った事、恋人同士になった事を持ち出して柚子香を挑発した事で、柚子香は俺に白羽の矢を当てた事を説明した。
「成程、それが始まりか…」
「ああ、俺も柚子香が俺にそんな気があったなんて知らなかったよ」
俺は話しながら初めて柚子香と結ばれた日、ベッドの中での会話を思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます