第50話 柊の言葉。

いくら軽口を叩いても心配は尽きない。

バイト先は二月末で辞めていて、最後の挨拶の時に駆け落ちはダメだと言ってくれた社員にだけ、大学行きが無くなって身一つで放り出される事を告げて、それが柚子香を守る事に繋がると説明をしたら、心配してくれた後で「親元は離れたが兄貴とは繋がりが残ってるんだ。君の事は伝えておくから、困ったら栃木にある「幸せ運送」を頼って」と言ってくれた。


卒業式まであと5日になり、最後の週末になった金曜の晩に、俺は誉から呼び出された。

今週、柚子香は学校を休んだ。

そもそも勝田台風香の事で学校では好奇の目に晒されていたので、休んでも周りは何も言わない。


毎日俺と居て食事も「部屋で雄大と食べたいの」と泣きながら母親に言うほどで、俺は今週は柚子香以外の人とは食事をしていない。

柚子香の顔付きは日増しに暗くなっていて、泣く時間も増えてきていて、水曜日辺りからは「トイレの前で待ってていい?」、「トイレの前で待っててくれる?」と言うくらいになっていた。

多分だが家族が不在なら、お風呂もトイレも一緒に居たかったのだろう。


そんな柚子香だが、俺が1人で誉に呼び出されると、大人しく従って部屋で1人待つと言ってくれた。


俺は誉の部屋に入ると「何?外食?無理しなくていいよ…って言いたいけど、食い溜めしないとダメかな」と軽口を叩いてみると、「熊だね」と笑われた後で、真面目な顔になって「外食はアンタと柚子香以外の4人だよ」と言った。


俺が「え?」と聞き返すと、誉は「今アンタと柚子香のご飯は桜華さんが用意してあるから好きな時に食べなさい」と言った。


「それって俺と柚子香の最後の時間って奴?」

「いや、それだけじゃないよ」


意味が分からない俺が「誉婆ちゃん?」と聞き返すと、誉は真面目な顔で「雄大、今から私達は明日の昼まで戻って来ないから、柚子香を抱きな」と言った。

俺は慌てて「何で今!?」と言うと、俺を睨んだ誉は「アンタは無謀な戦いに出る。戻って来れなかった時に、柚子香が嫁に出られるように、今以上の事は何もしないつもりだったろ?」と言う。


そう。

俺の戦いは無茶で無謀。

なまじ時間があったから調べたが、やはり天涯孤独は救いがなく。きっと想像の何倍もキツいことが待っている。

本心では、とても大成して柚子香を迎えにくるなんて簡単に言えなかった。


「柊や柚子香の友達に後を任せたそうじゃないか。ピンと来たよ」

「あれま。バレたか」


「だから覚悟を持って柚子香を抱きな。柚子香は待っているよ」

「はぁ?」


「今は風呂さ。柚子香を抱いて柚子香の為に生きて戻ってきな。今から私たちは出かけるから、1回でも100回でもいいから抱いてやりなさい」

「…急に言われても…俺、避妊具なんて持ってない…」


持っていない事を理由にしようと思ったのだが、「檜に買わせたよ。ダースだからね。安心して全部使っていいよ。もう今頃檜が柚子香の部屋に入れてあるよ」と言う。


俺は親父さんの顔を思い出しながら、「…無茶苦茶だよ。何息子に孫に使わせる為の避妊具買わせてんだよ」と文句を言うと、誉は「バカだねぇ。アンタだからだろ?柚子香はアンタとしか添い遂げない。アンタが戻らなきゃきっと死ぬ。孤独に潰されないように、アンタに抱かされた思い出で死ぬのを先延ばしにするんだよ」と言った。


「先延ばし…」

「バカだねぇ。アンタは柚子香の深い所まで触れていて、柚子香はアンタ抜きじゃ生きていけないくらいになっているのに、何が柊と友達が居てくれるだよ。そんなのもって3分だよ」


「3分って…、カップ麺じゃないし」と返す俺に、「なんだっていいから早く行ってやんな!」と追い出される時に、誉は「見送りは不要だよ」と言った。

廊下には柚子香の両親が立っていて、「柚子香をお願い」、「雄大くんだから皆で応援しているんだ。だから柚子香の所に行ってあげてくれよ」と言う。


今から娘を抱いてくれなんて親はおかしい。

俺が返事に困ると、横にいた柊に「ヘタレ雄大」と言われた。


「柊?ヘタレ?」

「なんだかんだで逃げ道残すなんて嫌だね。キチンとやり切って見せてよ」


「お前…」

「僕は姉さんと雄大だから祝福してる。それ以外は祝福できない」


逃げ道を残す。

そう。

柚子香は顔の傷があっても美人だ。

キツい見た目が無くなれば目を見張る美人で、顔の傷なんてと言ってくれる男はいくらでも出てくる。


今はまだ、俺の不在を受け止めきれなくても次第に慣れるし、慣れれば新たな幸せを模索する。その時になって俺に初めてを渡した事を悔やむかもしれないし、悔やむ結果になるかもしれない。


そうなった時に柚子香が…。

いや、俺自身がこの世があの世か知らないが、その場所で後悔や絶望をしないように逃げ場を残しておいた。


そんなものを抜きにして俺と柚子香。

内春雄大と内春柚子香なら答えはとっくに出ている。


俺は柊の頭に手を置いて「ありがとう。行ってくる」と言って柚子香の元へと向かった。

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