第35話 試供品。

あっという間に四月になった。

ホワイトデーには、安物だがペアリングを買って、キチンと柚子香の手を取って左の薬指に嵌めた。感涙してくれる柚子香を見て、嬉しかった俺も指輪を左手の薬指に嵌めて2人で手だけの写真を撮ったり、お互いを真正面に見つめ合いながら左手を突き出しあって写真を撮った。

今の待ち受けはコレになっている。


桜が咲き始めて2人で少し遠出をして花見に行って写真を撮る。

指輪をしていたからか、ナンパ男に絡まれる事もなく柚子香は終始笑顔だった。


もう容量がヤバかったので、ここだけは自活は無理として、誉に甘えて柚子香と2人で機種変をした。

初の512GBを手に取った俺は「512Gだって。どんだけ柚子香の写真が入るんだ?」と思った。


四月で変わった事と言えば、柚子香はクラス替えがあり渋谷晴子とは続投。あの絡んできていた勝田台風香は別のクラスになっていた。

とは言え柚子香は年越しに俺と付き合う事になってから、勝田台風香は超どうでもよくて、何を言われても「あらいいわね。私も順調なの。お互い頑張りましょう」と返してしまっていて、最近では何をしているか知らないらしい。


俺の方は進路活動が始まったが、「まあ三者面談で母親がピーチク騒ぐんで、とりあえず何個か行けそうな大学をピックアップしてくれません?」と返しておいた。


誉は平気だと言ったが、俺は受験生の柊を気遣って3回に2回は柚子香をウチに泊まらせて、1回を柚子香の家にした。


柊の奴は気遣われて嬉しそうなのに、「雄大と姉さんが居ないと、それはそれで集中出来ないんだよね」と不満を漏らしていた。


ゴールデンウィークという事で柚子香はウチに2泊する。

俺達は指輪も着けて堂々と地元デートをして、夜は同じ布団で過ごす。


あの柚子香写真集のお陰で暴走は落ち着いている。

ただ心配なのは柚子香写真と柚子香ボイスを使うと、あっという間に終わる俺は本番を迎えられるのだろうか?という事だった。


一日目はテンション高く、「2泊よ雄大!」、「そうだな。嬉しいな」と言って巣篭もりをして過ごして、二日目は駅ビルをブラブラ歩く事にした。

以前は恥ずかしかった下着売り場でも、柚子香は身体に合わせながら「どれがいい?」と聞いてきて、俺は自然に「そっちのエメラルドグリーンかスカイブルー」なんて答える会話ができてしまう。

柚子香はレモンイエロー色の下着を見せてきて、「これは?」と聞いてくる。


「似合うけど、それならサプライズで見せてくれるまで、何色か知らないほうが幸せかも」

「それはあるわね」


じっくり下着を吟味する俺と柚子香は、異質で目立つが知った事ではない。

なんか話の回った小田が、「胸焼けぇぇっ!」とメッセージを送ってきたので、指輪をした2人の手だけ写真を送りつけてやったら既読無視になった。


帰りにコンビニに行くと阿部が働いていた。

家から1番近いコンビニは阿部の所で、荷物を持つ事を考えるとここで買い物をするのが正しいのだが、うるさくて避けていた。

だがもう関係ないので堂々と入店すると、阿部の奴がもの凄い目で睨んでくる。


柚子香は「あ!雄大のお友達の方!」と挨拶をして、阿部も鼻の下を伸ばした後で半泣きになって俺を見る。


マジか。


飲み物とちょっとしたお菓子を買って帰ろうとした時、阿部が「試供品も入れておきますね」と言った。


「なんかわかんないけどサンキュー」、「ありがとうございます」と言った俺と柚子香は、何を貰ったか確認せずに、「試供品かぁ」、「何だろうね?」と呑気に帰って大後悔した。


それはチューハイの試供品だった。

この時は知らないが、後日阿部に聞いたら、メーカーが軒先で試飲のイベントをやって、そのあまりを従業員の方達でどうぞと少しだけ置いて帰り、バイト先で従業員達に配られていた。

阿部は親に渡す用に貰っていたのだが、俺と柚子香を見て渡す気になったそうだった。


柚子香は缶に書かれた「コレはお酒です」の一文に引いたが、興味はあるのだろう。

飲むと言い出した。


夕食後に飲んでみて、多少ヤバくても寝てしまえば何とかなると思った俺が甘かった。

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