第30話 鈍行旅。
鈍行列車乗り継ぎ旅は、目的地を千葉の主要都市にした。
何があるわけでもなくて、ファミリーニーズに対応したビジネスホテルを予約して、金曜の夜に柚子香の所に前乗りをして始発で行くくらいの勢いにした。
誉に「女の支度は大変なんだよ雄大?」と釘を刺されたが、「この旅は朝一じゃないと意味がないからさ」と言って柚子香と早寝をすると、朝食は移動しながら食べるからと言って朝6時に家を出られるようにした。
「早くに寝たのにまだ眠いわ」と言う柚子香に、「鈍行列車だから寝れる。決めた観光もしないからのんびりと過ごそう。眠ければ寝ていいんだ」と言って駅に向かう。
「雄大、朝ごはんはどうするの?」
「ふっふっふ。ここだ!」
俺が指さしたのは駅の立ち食いそば屋で、引き顔の柚子香を見て「非日常だよ」と言って中に入ると汁のいい匂いが俺たちを迎える。
暖かそうな湯気と暖房が迎える中、柚子香はきつねそばを頼み、俺はわかめそばを頼んだ。
柚子香は立ち食い自体に驚いていたが、いざ食べ始めると顔を真っ赤にして一気に食べ進めて最後に水を飲むと「わぁ…美味しい」と喜んだ。
俺はドヤ顔で「だろ?」と言って、わざとICカードを使わずに切符を買うと鈍行列車でのんびりと千葉を目指した。
「朝早いから空いてるだろ?端に座れよ」
「うん。2人だけみたい。このまま何処にでも行けそう」
「待っててくれ。自活したら何処にでも連れて行ってやるよ」
「うん。地獄にだってついて行くわ」
「やだよ。辛い思いはさせたくない。キチンとした道を2人で歩こうな」
「うん」
柚子香は頑張って起きていたが、すぐに眠ってしまう。
俺達は昼前に千葉駅に着く。
2人で外に出ると、誰も俺たちを知らない土地で堂々と恋人同士として観光をする。
観光らしい観光は考えていなかったが、千葉駅から千葉ポートタワーに行けるのでそこにだけは行って2人で海を見た。
柚子香は海を見て「素敵。涙が出てきちゃう」と言い、俺は「綺麗だな。連れてこれて良かったよ」と言う。
「ねえ、夏になったら海に行きたいわ」
「いいな。でもなぁ…」
「あれ?泳げなかった?」
「違う。水着を見たら我慢できる自信がない」
俺の言葉に「ふふ。それは平気よ」と言う柚子香に、「何でだよ」と聞くと柚子香はドヤ顔で「これから沢山練習していくのよ」と言った。
「何!?」
「うふふ。お婆様と雄大に遊ばれてばかりじゃないのよ」
俺は「練習」の言葉に、引きながらも期待してつい生唾を飲み込んでしまっていた。
室内は暖房のせいで乾燥していて、お茶を飲むと今度はトイレが近くなる。
柚子香を待たせてトイレに行って戻ると柚子香はナンパをされていた。
柚子香は内春柚子香ではなく、柚子香として弱々しく、「やめてください」、「1人できてません」と言っていて、2人のナンパ男は弱々しい柚子香に鼻の下を伸ばしている。
俺が前に出て「柚子香、どうした?」と声をかけると、「雄大!」と助けを待っていた顔をする柚子香。
「あらら彼氏付きかぁ」と言った男は、調子に乗って柚子香に手を伸ばして髪を触ろうとした。
「触るな」
「あらら、彼氏は彼女の前だから格好つけてるのかな?」
「彼女の前で恥書きたくなかったら、大人しくしてればいいんだよ!」
ナンパ男の1人は喧嘩早くいきなり殴りかかってくる。
だが何の問題もない。
左腕で殴ってきた右腕を捉えると一気に踏み込んで胸元に拳を打ち込む。
「えぇ!?渡辺!?」
もう1人は何もせずに立ち尽くしていて、俺が「渡辺さんは倒れてるよ。さっさと帰りなよ。俺は別に俺たちの邪魔をしなければ何もしないよ」と言うと、すごすごと渡辺を回収すると立ち去って行った。
「雄大…ありがとう」
「いや、俺こそトイレに行ってごめん。怖かったろ?」
そんな会話の所に警備員がすっ飛んできて、「お話を」とやられてしまった。
折角の気分が台無しだった。
まあ目撃者も居てくれたので、俺がトイレに行っている間に、しつこく付き纏われた柚子香も見て貰えていたし、俺は務めて平和的に居たのに、柚子香に触れようとして止めたら、殴りかかられたことを説明したら「名前だけ控えてもいいかな?」と言われて、「内春雄大と内春柚子香です」と答えたら「え?ご兄妹?」と聞かれる。
柚子香は少し不服そうだったが、俺が「いえ、婚約者同士です。親達の取り決めで婚約者です」と説明をしたら、柚子香は嬉しそうにしていた。
警備員は「今時珍しいね」と言った後で、「有名なナンパ連中だから旅行中は付け狙われないようにね」と言ってくれた。
付き纏われても面白くないし、いいこともないので柚子香とホテルで過ごす事にして、昼食はコンビニ弁当なんかを買ってホテルに早々に引き篭もる。
ここら辺の良かった所は、夕食・朝食付きプランにしていた事で、一度引きこもれば外に出る必要はなかった。
2人でずっと部屋の中で巣篭もりをして過ごす。
柚子香はあのノートを持ってきていて、思いつくとテーブルでそれを書いて、戻ってくると俺の横でフォトブックを作る。そして眠くなると2人で眠る。
ただそれだけなのに俺たちは幸せだった。
また柚子香がテーブルに向かった時、俺は「柚子香、そのノートに一個書いてよ」と言う。
「何を書くの?」
「指輪を買うって書いて」
「え?」
「今日みたいな時に、結婚指輪でも着けてたら邪魔されないだろ?」
「…書いたら買ってくれるの?」
「まだ安物だけどな」
柚子香は目を輝かせて「欲しい!欲しいわ雄大!」と言ってベッドの上にいる俺に向かって飛び込んでくる。
「なあ。結婚してくれれるよな?」
「雄大?」
「俺からキチンと言うから結婚してくれるよな?」
「うん。私を雄大のお嫁さんにして」
俺たちはそのまま抱き合って時間を過ごして写真を撮る。
そして夕飯は柚子香からしたら質素かもしれないが喜んでくれた。
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