第28話 夜食のラーメン。

寿司の途中で、柚子香が誉に「お婆様、雄大に泊まって貰いたいの」と言った。


以前なら「お婆様、雄大を泊まらせてあげようと思うのだけど、よろしいかしら?」と言っていたのに、甘えるように「泊まって貰いたいの」と言う変化には、柚子香の父親も柊も目を丸くする。


俺と言えば、どこかでその予感もしたが、寿司一人前では足りないので、家に帰ってオカズの残りを食べるつもりもあったし、ないなら帰りにどこかで食べることも意識していた。

明日も会えるから、帰れば柚子香はキチンと眠るし、俺が泊まれば夜更かしをして、朝も早くに起きてしまう。


誉の奴は「私は構わないよ。雄大に聞きな」と言った。


柚子香は甘えるように「雄大?」と聞いてくる。

「明日会うから、帰っても変わらない…」と言ったところで、柚子香は泣きそうな顔になり、柊が「帰るなんて、雄大は何か予定あるの?」と聞いてきた。


ここは素直になるしかない。

俺が「…帰りにラーメン食べて帰りたい」と呟くと、誉までが「は?」と聞き返してきた。


「なんか働くようになって食べる量が増えたから、これだと少し物足りなくて…。泊まらせてもらうと、夜中に腹が減って眠れなそうで…。だから帰りにラーメン食べて帰ろうかなと思って」


俺は高い寿司の後でラーメンを食べようとする不届な言葉に申し訳なさを感じて説明すると、柚子香の父親が「わかる!」と言って頷いて母親に睨まれていた。まあ若くないから食べ過ぎを注意されているのだろう。


涙目からキョトンとした顔になった柚子香は、「食べ足りないの?お腹いっぱいなら泊まってくれるの?」と聞いてくる。


「お腹いっぱいなら…。でも甘えて追加をもらうとかは悪いから、大人しく帰って帰りに自費で食べて、朝も柚子香の起きた頃に来ようかと思ってた」


俺の言葉に誉が笑うと「確かに若いんだし、学校行って仕事してたらお腹が空くね。今度からはキチンと多めに用意してやるよ」と言った後で、「雄大、アンタの得意な場所だよ。何か面白いことはないのかい?」と聞いてきた。


俺は誉の言いたい事を理解して、「柚子香、夜食行くか?食べてお腹いっぱいになったら、帰るの面倒だから泊めてくれない?」と聞く。


赤い顔で「いいの?行きたい」と喜ぶ柚子香を見て、俺は「柊、お前もだ。夜中にラーメンも食べた事ないなんて馬鹿にされるからな。それこそ誉婆ちゃんの言う、内春なのにだぞ」と誘う。


柊は「僕を巻き込まないでよ!」と言うが、内心は興味があって嬉しそうだし、柚子香は「え?柊も?」と聞いてくる。


「柚子香、また行けるからいいだろ?柊だって4月から受験生で夜ラーメンなんて行けないんだからさ。ドーナツと同じだよ。何回も行けばいいんだ」


俺の言葉に頷いた柚子香が「柊、行こう」と優しい顔で誘うと、柊は照れながら「うん。ありがとう姉さん。ありがとう雄大」と言ってラーメンが決定した。


本当なら食べるラーメンは背脂ギトギトにしたかったが、最初からパンチの効いたラーメンは柚子香にも柊にも悪いので、スマホで調べたタンメンの専門店にした。

優しい塩スープだったが、柚子香と柊は嬉しそうにそれを食べる。


俺はそれでも食い足りないのはわかっていたが普通盛りにする。案の定、食の細い柚子香が持て余し始めたので、「柚子香、俺足りない。余る?」と聞いてから分けてもらう形で麺を貰って丁度いい塩梅になる。柊の奴は細い癖にスープまで完飲して目を輝かせていた。


外は寒いのにラーメンで暖まった口から出る息は真っ白になる。


「お婆様も喜ぶかしら?」


柚子香の言葉に、あの誉がカウンター席しかないタンメン屋で、タンメンを一心不乱に食べる姿を想像してみたが、無理があって笑ってしまう。

柊も同じだったのだろう「姉さん、母さんでも無理があるよ」と言っていた。


俺はコンビニに入って柚子香と柊にお茶を奢り、柚子香に「部屋で飲みたいお茶も選んで」と言って2リットルのお茶を選ばせる。


外に出てお茶を飲んでから、「ここまでが俺流のラーメンルーティンな」と説明をする。

柊は目を輝かせて「この背徳感がクセになりそうだよ!」と言っていて、柚子香も「雄大と居ると夢みたいな事が沢山」と言って穏やかに微笑んだ。


「さて、遅くなると、親父さんの風呂がウルトラ後回しにされるからさっさと帰ろう」


俺の言葉で帰宅した柚子香は「お父さん、お風呂を待たせてしまってごめんなさい」と謝っていて、柚子香の父親はそれだけで泣いて、こっそりと俺に「ありがとう」と言ってきた。


俺の泊まりセットは用意されていて、下着から何からが柚子香のクローゼットに置かれている。

代わりに柚子香の服は俺のクローゼットに居る。

残念なことに下着は毎回買ってくるか持ってくるのでない。


風呂上がりにコップを借りて柚子香の部屋に行って寄り添いながらお茶を飲みキスをする。


「眠いか?」

「寝たくないわ」


眠くないではなく寝たくない。

そこに柚子香の気持ちが込められている。


「眠いんだな。明日もあるから早く寝て、明日はギリギリまで2人でいよう」

「布団に入ったら寝ちゃうからヤダ。ここに少しでもいて、あのフォトブックに載せる写真を選びましょう?」


俺は呆れながら「30分だけだぞ。俺は布団の中で早く柚子香を抱きしめたい」と柚子香好みの回答をすると、「……そうする」と返事の後で2人でお互いの写真を見比べながらどれが良いかを選び続けた。


当然決まるわけもなく、俺が「サイズは?」と聞くと、「A4サイズにしようと思ったんだけど」と柚子香が答える。


「A5サイズにしとけよ」

「なんで?」


「沢山増え続けるんだから、置き場がなくなるだろ?古いのとか捨てたくないしな」

俺の答えに柚子香は嬉しそうに「うん。そうするわ」と言って、クリスマス前までの写真で1冊分に載せる事にしたと言っていた。

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