第25話 壊れた柚子香、変わった雄大。

正月の後、柚子香は少し壊れた。

新学期の始まりと共に、渋谷晴子から心配の声が俺の元に入ってきて、少しだけ事情を話した。

渋谷晴子は柚子香の為にも見守る事と、柚子香を怒らせない範囲で、学校での柚子香を俺に教えてくれる事になった。


正月のあの日。俺はこれ見よがしにスマホの時計を誉の前で見せながら、3時きっかりに柚子香を立たせた。

柊を巻き込んだが「やだよ。2人について行って、イチャイチャとか見たくないよ!」と言われてしまう。


俺は柚子香の家に柚子香を連れ帰って、誉達が戻ってくるまでの間、柚子香を抱きしめ続けて慰め続けた。


柚子香は何度もごめんなさいとありがとうを繰り返して泣いていた。

俺はその謝罪と感謝と涙を見て腹を決めた。



腹を決めた俺は行動に出る。

何がなんでも日曜日を外せるバイトを見つけ出して、朝夕問わずに働き、周りの奴らに文句を言わせない為に、学校も柚子香もどれも取りこぼさなかった。

がむしゃらに働く俺を見て、心配する柚子香には「正月も言ったけど、自活したら助けてやるから待ってろ」と言い、メッセージのやり取りの内容も量も前と何も変えなかった。


まあ無理はしていたから10日でやつれた。

だが若さでカバーしたし、俺の身体はそれにも慣れた。


バイト先には中学の奴らもいて、柚子香のことを聞かれた時には素直に「婚約者」、「自活してさっさと嫁にしないとな」と軽口を叩いて誤魔化しておいた。


柚子香と過ごす時間は外に2人で出かけることもしたし、誉の奴が許せばうちに泊まらせて、2人で泥のように眠ったりもした。

俺との前ではニコニコと穏やかな柚子香だったが、学校では舐められない内春としての柚子香を出さねばいけずに、その反動で授業中にウトウトフラフラしたり、不調になっていると渋谷晴子が教えてくれていた。


柚子香が席を外している時に、誉の奴が「根を上げるかと思ったらもう半月。やるじゃないか」と言ってくるので、「本気の俺はやれるんだよ」と返す。


「ならなんで普段からやらない?お前は内春だよ?」

「それが嫌なんだよ。俺は内春だから頑張るんじゃない。俺の為に頑張るんだよ」


「同じ事だろ?」

「違うよ。後はこの男のクセにって風潮が嫌なんだ。やれる奴がやれる事をやればいい。その結果内春が盛り上がるならそれはそれだよ」

俺の横には柊も居て、目を丸くして俺を見ている。

コイツいつも目を丸くしてるな。


「言ってくれるじゃないか。ならアンタが柚子香の上に立って、柚子香を守ってやる道はないのかい?」

「俺が偉くなったら内春は無くなるよ。柚子香と平和に過ごすことしか考えてない」


「お子様の理屈だね。もう少し大人になったらもう一度聞いてやるよ」

「じゃあ長生きしなよね」


このやり取りを柊の奴はムービーに収めていて、柚子香に見せていたらしく、翌週会った時には柚子香は泣きながら、「無理させてごめんなさい」と謝ってくるので、キスで黙らせて「ならこうしてろ。これが俺のやる気に繋がる。会えないと次の1週間がイライラするんだ」と言うと、柚子香は「私もよ」と言ってキスを返してくる。


あっという間に1月が終わる。

4月からは進路活動もある。多分行きたくもない大学を指定されるだろうが、誉の奴が俺を遠くに行かせない事はわかっている。

学校も自活も柚子香のこともやり切ることだけを考える。


2月になって初のバイト代が手に入る。確かに働いた時間は少ないが、それでも思ったより少ない身入り。内春が嫌だと言っていても、誉から貰う金の額に慣れていた俺は自分を恥じた。

バイト先で社員から「内春君はバイトをして何に使うの?」と聞かれて、「婚約者と自活する為の資金にします」と答えた。


最近では、外で柚子香を婚約者と言うことで、自分の逃げ道を塞ぎ、柚子香への思いを再認識するようにしている。


驚いた社員が「君、まだ17歳だよね?婚約者?」と聞いてくるので、俺は「ええ、大叔母に決められました」と言う。


「じゃあ自活なんてしなくても、大学を卒業してからでも結婚できるんじゃないの?」

「そうですね。でも大叔母の管理の元だと、アイツを本当の幸せにできないんですよ」

俺の言葉に社員は「まあ詳しくは聞かないけど、自活が駆け落ちを指してないなら応援するよ」と言う。


「え?」

「僕が駆け落ちで後悔してるからね。僕は毒親に搾取される妻の為に、全てを捨ててこの街に駆け落ちをしたんだ。でも彼女は良かったけど、僕は父の死に目に会えなかった。後悔が残ったよ。妻を愛しているが、それでもその事では妻にいい感情が持てていないんだ。自分で選んだのにだよ?」

俺は親を嫌っているからそれはないと思いかけたが、何があるかわからない。

俺は一年前まで嫌っていた柚子香の為に奮闘している。


人は変わる。

それを知ったからこそ、「ありがとうございます。気をつけます」と言うと、社員は「それがいいよ」と言ってくれた。

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