第24話 本気の雄大。

俺の嫌いな柚子香の顔と声。

その顔と声で「雄大、来なさい」と言われた俺が、怒りのままに柚子香を睨みつけると、柚子香は一瞬身じろぎをして泣きそうな顔をした。

だがすぐに高圧的な表情に戻ると、誉の奴が「雄大、来るんだ」と言った。


俺は怒りのままに立ち上がり「やだ」と言う。

周りのどよめき。何より横の柊がものすごい目で俺を見る。


俺は柚子香を見て、「柚子香、帰ろうぜ」と言って前に出る。


柚子香は素に戻ると「雄大?」と俺の名を呼ぶ。

その顔はここ数日一緒に過ごした顔、柚子香の本当の顔だった。


俺は頷くと「お前の嫌いなキツい顔なんてする必要ない。お前の好きな笑顔でいればいい。ここに居たら顔がキツくなるだけだ」と言って連れて行こうとすると、誉が「雄大!」と怒鳴りつけてくる。


確かに60過ぎてこの迫力は凄いが、元々内春を嫌ってる俺からしたら、なんて事はない。

うるせーババアだとしか思わない。


よそ行きの笑顔はなしで「何?」と聞き返すと、誉は威嚇するような目で「勝手な真似は許さないよ」と言う。


「許すって何さ、俺と柚子香の仲が良くなって良かったじゃないか。柚子香はキツい顔を嫌がってる。俺といれば笑顔になれた。それなのにここに居たらまた顔がキツくなって、またドーナツを捨てる奴になる。良くないから連れて帰るよ」


誉に反論した事で、周りのどよめきなんかが煩いが、俺は気にせずに柚子香を見て手を出すと、「ここに居たら顔がキツくなる。帰ろうぜ」と言う。

柚子香は泣きそうな顔で手を伸ばしてきて、それを見て周りは更にどよめく。


どよめきを受けて柚子香は慌てて手を引っ込めようとするが、俺が「周りを見るな。手を取っていいんだ」と言うと、柚子香は涙を浮かべて「本当?」と聞いてくる。


もうこの段階で俺の勝ちは確定している。

柚子香の気持ちは俺にある。


俺は頷いて「本当だ」と言って柚子香の手を取った時、横で黙っていた誉が「柚子香、お前の婚約者は雄大だ。だから雄大にお前の事を任せるのも間違っていない。だがお前は内春だ」と言った。


誉の言葉に柚子香は困った顔で俺を見る。


俺は誉に視線を移して、「誉婆ちゃん、柚子香に嫌がる事をさせて何になるの?」と聞くと、誉は即答で「別に柚子香に選ばれなかった鏡月や白鷹は構わない。だが柚子香と雄大と柊はダメだ。内春の為にキチンと生きる必要がある。私達は舐められたらおしまいだ」と言い切る。


「その程度でダメになるならダメなんじゃない?」

「よく言うねぇ。働き口一つ見つからないで、小遣い貰って生きてる癖に。一端の口を叩くなら、自活してから言うんだね」


未成年で保護者の庇護下にいる事を持ち出された俺は何と言い返せばいいか考える。

考えは纏まらないし落とし所なんてない中、俺は柚子香を連れ帰る事にした。

それしか考えられない中、柚子香は俺が口を開く前にキツさと穏やかさが混じった顔で、「雄大、ありがとう。ここに居て」と言ってしまう。


俺が一瞬考えた時、誉の奴が「そうさ。ここに居て柚子香を喜ばせて金貰って喜びな」と言う。

俺はこの言葉に心底腹が立った。


せめてもう一度、柚子香の為にも何かをしたかった俺は「柚子香、帰る勇気はあるか?」と聞くと、柚子香は弱々しく首を振って「ない…わよ」と言う。


俺は「俺はあるぞ」と返してから、「俺が帰るのは困るか?」と聞くと、「居てよ」と涙ながらに答える。

それを見た誉が「一緒に居させ過ぎたかね」と呆れるような言い方をした後で、「3時まで居たら2人で帰っていいから従いな」と言われて、俺は「居るのは柚子香の為だ」と言って柚子香の横に座ると、「柊、お前も俺の仲間だからな。こっち来て食おうぜ」と上座を指差した。


柊は「巻き込まないでよ!」と言いながら俺の横に来ると、「でも格好良かった。雄大と姉さんなら祝福できる」と言った。


誉の挨拶で宴会が始まると、馬鹿共は必死に何も見なかった事にして、ご馳走を食べて誉におべんちゃらを使っている。そんな中、柚子香は誉に言われて手遅れだが表情を作って耐えていた。



柚子香はトイレに行くとスマホから[ごめんなさい。ありがとう。1人は嫌。ずっと居て。もうキツい顔になりたくない]と送ってきていて、俺が[ずっと俺と居てくれ]と返すと、それを見ていた誉がニヤリと笑ってから「言うじゃないか。面白いね」と言う。


俺もニヤリと笑って「言うさ。俺が本気になる前に俺を自由にさせたり、尻に敷けそうな奴を相手に選んでればよかったんだ」と返す。


「本気かい?」

「ああ。本気だ」


誉が「面白いね。自活したら参りましたって言ってやるよ」と言うと、俺は「案外すぐかもな」と言って、新作の写真達を誉に見せる。恥も何もない。2人で撮った様々な写真を見て、もう一度ニヤリと笑った誉の奴は「こりゃ奮発してやらなきゃね」と言ってきた。

誉を満足させたくらいで喜んでいられるか、ここで喜ぶ奴は柚子香を内春の外に連れだせない。


俺と誉が話すのは一触即発に見えるらしく、柊が飛んで柚子香を迎えに行っていて、柚子香は必死な顔で「雄大!やめなさい!」と言いながら戻ってきた。


これには誉と顔を見合わせて馬鹿笑いしてしまう。


「え?雄大?お婆様?」

「何柚子香、俺と誉婆ちゃんが喧嘩すると思った?」

「この私が、こんな小童と戦うわけないだろ?」


「戦うのは柚子香の為だったからだ」

「だとさ」


仲良さそうに会話のラリーをする俺と誉を見た柚子香は、真っ赤になって「何それ!?」と言うと、柊が後ろで「本当何それ?」と続く。


俺は柊に「馬鹿野郎。男は絶対に譲れないモンを持て」と言ってから、誉を見て「ほら、この育て方失敗だよ。柊は無条件降伏タイプだよ」と言うと、「ならお前が躾な」と言う。


柊は俺と誉を交互に見て困惑の顔をした後で、「雄大、絶対に譲れないのって姉さん?」と聞いてきた。

柚子香は真っ赤な顔で「に゛ゃ!?」とか変な声を出していたが、スルーして「当然だろ?」と返し、「な、柚子香」と言ったら、柚子香は着物よりも赤くなっていた。


その顔はとても可愛らしい俺好みの、柚子香がなりたい顔だったので、「誉婆ちゃん、この柚子香の方がいいから、あのキツいの禁止にしてよ」と言うと誉は「ダメだよ。私達は内春だからね」と言い、その後で「柚子香、キチンとしな」と言って柚子香はまたキツい顔になっていた。


俺は「あーあ、俺のやな顔だ」と漏らすと、柚子香は涙目になって俺を見てきたので、[わかってる。でも嫌なものは嫌だから、すぐに連れ出してやる]とメッセージを送っておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る