第22話 ここから始める。

柚子香が真っ赤な顔で、「お兄ちゃん。キスして」と言って甘えてきた時、俺は雷に撃たれたように硬直した。

なんだコレ?

メタクソ可愛いぞ?

柚子香だぞ?

柚子香なんだぞ?


そう思った時、柚子香はもう一度「お兄ちゃん?」と言ってきた。



止まらなかった。

柚子香を抱きしめて、優しくしようと心がけながらキスをする。

柚子香は震えながらキスを受け入れて、「お兄ちゃん、柚子香を抱いて」と続けた。


飛びつきたかった。

でもできなかった。


俺は絞り出すように「でき…ない」と返すと、柚子香は「お兄ちゃん?」と聞き返してくる。

俺は片言で困りながら、「柚子香、大事な初めて…貰えない」と言い、キスだけは続けると、柚子香は「いいのに」、「いいんだよお兄ちゃん」と言う。


もう脳内では「いいのに」、「いいんだよお兄ちゃん」、「柚子香を抱いて」が反芻されていてたまらない気持ちになるが、俺は必死に「ダメ…だ。流されちゃダメだ」と言うと、柚子香は困惑した声で「雄大…」と俺の名を呼んだ。


俺は大きく深呼吸をすると「写真を撮ろう。たくさん撮ろう」と言う。

「え?」と聞き返してくる柚子香に向かって、段々と落ち着いてきた俺は「もっと2人で過ごして、気持ちが固まったらにしよう。柚子香も俺でいい、一生俺だけって事をもう一度考えてからにしよう」とキチンと言う。


「雄大」

「頼む。今のままだと幸せにできる気がしないんだ」


俺の言葉に腕の中にいる柚子香はブルっと震えてから、「私の為に我慢するの?」と聞いてくる。

俺は冗談も何もなく、真面目に「そうだ」と答えると、柚子香は「嬉しい」と言ってキスをしてきた。


この後俺たちは、お互いに眠くなるまで写真を撮り続けた。

布団の中で事後に見えるように盛った写真。

柚子香が俺に抱きつく写真。

逆に俺が柚子香に抱きつく写真。

色んな写真を撮った。

撮りながら我慢ができなくなるとキスをした。


多分、俺達が内春雄大と内春柚子香でなければここで結ばれていたと思う。

2人で写真を撮っていて、充電が切れたところで諦めてベッドで眠る。

首に手を回しあって見つめ合って笑いながらおやすみと言って眠った。



翌朝、俺より先に起きた柚子香がとんでもない写真を撮っていた。

柚子香の奴は寒い朝なのに、わざと上着を脱いで事後に見えるように肩を出す。

胸元に布団を持ってきて左手で胸を隠しながら、右手でスマホを構えて熟睡する俺とツーショットを撮る。

その写真の柚子香は「にへへ」という言葉が似合う、キツさを微塵も感じさせない笑顔で、寝ている俺の頬にキスをして照れて赤くなる写真もあった。

朝イチにスマホを見て驚いた俺は、二度寝をしてまだ寝ている柚子香を膝の上に寝かしつけて、また事後にも見えるような写真を撮って送り返しておいた。


勘違いなんかではない距離感になった俺たちは、朝から見つめ合うとそれだけで微笑んでしまう。


そんな俺達を見た母親は遂にと喜んだが、未使用の避妊具を突き返されると「え!?ナマ!?」ととんでもない事を言い出して俺をドン引きさせた。

黙れ37歳。


柚子香はそのやり取りを見ていて、キチンと母親に「雄大は私の為に我慢してくれました。私も我慢しました。ここから私達は始めます」と言ってくれた。


俺はキチンと「そう言う事だ。結果オーライなんだからいいだろ?」と言って朝食を食べて、デパ地下までフィナンシェを買いに行って柚子香と食べた。


途中でまた阿部に会ったが、堂々と話しかけると「一晩で何があった?」と凄まれ、柚子香と顔を見合わせて、「なにも」、「ありません」と言い、それだけでも楽しくて微笑み合ってしまった。


阿部のやつは「嘘だ!」と叫ぶと、流石に店長が奥から出てきて怒られていた。

柚子香を連れて帰ると、誉の奴はご満悦で「自然体じゃないか」と言ってきた。


「まあね。狙い通り?」

「それはこれからさ。でも柚子香の審美眼はキチンとしていた。これは確かだね」


「そう。でも俺は落ちこぼれだから、すぐに底が見えると思うよ」

「底なんて幾らでも拡張するよ」


俺は「怖い婆ちゃんだ」と言って、柚子香の部屋に行くと夕方まで何もない部屋で写真を見ながら柚子香と過ごした。


不思議と時間が惜しかった。



ここで終わればよかったのに。

だがこれは人生で、物語じゃない。

日常に戻る必要がある。


柚子香の予定を聞くと、年内は大晦日まで忙しいと言うので、俺は自分の時間に戻る。

もう年内は大晦日に柚子香に会うまで、柚子香の家には近寄らないと思っていたのに、12月27日に誉から呼び出された。



誉は顔を出した俺に向かって「特別ボーナスの余りだよ」と言って紙袋を渡してきた。


「何コレ?誉婆ちゃんからのプレゼント?」

「今開けてご覧」


俺は開けて硬直した。

中身は「やっぱりお兄ちゃんがスキ」のDVDだった。


「こ…これ…?」

「柚子香から、婚約者がいると知られた雄大が、友達に貸してもらえなくなって、観られなくなったって教えてもらってね。お婆ちゃんからのプレゼントだよ」


なんで60代半ばがセクシーDVDを買ってんだよ!孫にプレゼントしてんだよ!?


俺の表情を読んだ誉は「別に檜に買わせたから、気にしないでいいよ」と言う。

檜は柚子香の父親で誉の息子。


理解の追いつかない俺が「え?」と聞き返すと、「アンタが水に流してやったから笑い話だけど、檜の趣味を柚子香から聞いてね。まったく、育ち方が間違ってるから変なモン観て嫌になるよ」と言った。


「え?あの「生意気なメスガキ社員を屈服するまでわからせる上司」を観たの?」

「観るわけないだろ。まあ映像で済ませてるから可愛いもんさ。桜華さんにはもう少し回数を増やしてやりなとは言ったけどね」


うわ…。

いたたまれない。


「まさかアンタが妹に憧れがあるなんてね」

俺は誉のその言葉で嫌な予感に襲われた。

そして多分それは間違っていない。


確かめるように「誉婆ちゃん?」と聞くと、誉は「柚子香と私はツーカーだよ。全部聞いたし全部見たよ。いい写真じゃないか」と言って笑う。


俺はあの写真達を見られている事実に悶絶して、畳の床におでこを擦り付けて「柚子香ぁぁぁぁ」と言うと、誉は「柚子香はお使いでいないよ。さっさと帰ってそれでも観なさい」と笑ってきた。


俺はトボトボと家に帰ると、お使いから帰ってきた柚子香は俺がきた事を知ったようで「帰っちゃったの?」とメッセージが来た。


「誉婆ちゃんに帰るように言われた」と返すと、しばらくして「雄大はそんなに観たかったの?」と言われる。


「観たい観たくないなら観たいけど、帰れって言われたんだ」

「あら、お婆様は雄大がソワソワしてたから気を利かせたって言ってるわ」


誉ぇぇぇぇっ!


俺は肩を更に落として「もうなんでもいい。疲れた」と返すと、「年越しには一緒にいられるから頑張ってね」と言われて少しだけ元気が出た。


多分俺は柚子香に本気になっていた。

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