第19話 イルミネーションの中で。

尾行されている事を告げなければ仕方ないのかも知れない。

柚子香はエスカレーターではなく階段を選ぶ。

トイレかと思ったが違っていて、憧れの一つ【階段の踊り場でキス】を迫ってきた。


俺が躊躇すると、柚子香は「もう。誰も見てないから」と言って迫ってくる。

見てるんだよなー。


でも、例えここで言っても柚子香は地元じゃないから、クソデカ態度で迫ってくるだろう。

仕方ないからここは死角を作るようにさっさとキスをした。


遠くから「ぎゃあ」と聞こえてきた気がしたが、もう知らない。

俺は諸々を諦める事にした。


井上と小田から届いた写真は、柚子香と俺が見つめあっている風に見えるもので、特に近くで撮ったように見える小田のカメラは望遠がすげぇなと思ったし、盗撮で捕まらないかと気になったが、他人の事なのでシカトした。


疲れた俺はカフェに寄るとテーブルに突っ伏すわけにはいかないがグッタリとする。その姿を見た柚子香が「やだわ何疲れてるの?」と人の気も知らずに聞いてくるので、諸々を諦めた俺は「お前のせいだよ」と言いながらタイムラインを柚子香に見せた。


「え?見られてるの?」

「今も店の外にいるんじゃないか?」


俺が言ってるそばから新しいツーショットが入り、柚子香の奴がそれを見て欲しいから転送しろと言う。諦めて転送すれば、それを渋谷晴子に転送されていて、俺に直接[ご馳走様です!]と入ってくる。


嫌なサイクルに肩を落とす俺は、柚子香に「柚子香、一応言うが、これだけ騒ぎを大きくして、捨てられる俺の気にもなれよな」と言う。

きょとんとした顔の後でキツイ顔になると、「バカじゃないの?雄大こそ早く私と結婚してよ」と言ってきた。


やはり意味がわからない。


俺達は買い物も終わり、帰ろうとすると夕方になっていた。

夕方になって輝くイルミネーションや、仲睦まじく歩くカップルや家族連れを見ていると、自分と柚子香もその中のひとつなのかと思って不思議な気分になる。


なんか俺は昨日から変だ。

普段なら言わない言葉が口から出てくる。


「帰るか?それとも散歩するか?」

「雄大?」


「荷物は邪魔だが、イルミネーションを追っかけて駅向こうに行ってみるか?」

「いいの?」


俺が「また見たいと言われても来年まで見られないしな」と言うと、柚子香は嬉しそうに笑って「行きたい!」と言った。


なんかあの気の強いイメージが薄れてくる柚子香といる事はそんなに苦しくなくなっていた。


イルミネーションは公園まで続いている。荷物が邪魔臭いが2人で歩いて行くと、自然とカップルが並ぶ列に加わっていて、イルミネーションで装飾された【恋人達の鐘】とかいう特設モニュメントが目の前に現れてしまった。

いくらなんでもこれは嫌だと思ったが柚子香の目はギラついていて、今更NOとは言えないし、仮に言ってご機嫌を損なっても家に帰れば母親は煩いし誉も黙っていない。


すげぇやだと言う気持ちを隠して恋人達の鐘の前に立つと、係員が写真を撮ってくれると言うのでスマホを渡す。


カメラ性能は柚子香のスマホの方がいいのでそれだけで良かったのに、俺のスマホでも撮ると言う柚子香は、スマホに合わせてポーズを変えると、俺の時には「係員さん。バーストで」と言いやがり係員は律儀にバーストで撮る。



「あああぁぁぁ!?またバーストしやがった!柚子香ぁぁぁっ!」

嫌がる俺の声にニコニコと笑う柚子香を見て係員は微笑んでやがる。


コイツはスマホメーカーの回しもんか?


俺達は末長く結ばれるように鐘を鳴らせと言われて、鐘を鳴らしてから立ち去る。


回収したスマホで写真を見ていると、また井上と小田から入ってきた。

それは、バースト写真に声を荒げる俺を見て笑う柚子香の顔だった。

悪い気はしなかったのでありがたく保存しておいた。


だが気になるのは井上と小田の事で、アイツらここに2人で来て盗撮してんの?いいのかそれで?と思ってしまった。


俺は柚子香に「ほら、遅くなる前に帰ろうぜ」と言うと、柚子香は「うん。ありがとう雄大。本当は憧れるけど嫌よね?」と言って俺の目を見つめてくる。


…コイツ。ここでキスをおねだりとか頭どうかしてんだろ?

言われた事実だけで誉に特別ボーナスを請求するぞ?


俺は「そうだな。いやだな。帰ろう」と言おうとした時、近くのカップルが他所様の前でキスをした。

周りの祝福の声と囃し立てる声に、連鎖的に横のカップルがキスをして、祝福の声があがり更に囃し立てる声で次々とキスの流れがこっちに来る。


逃げ出したくて、柚子香に逃げるぞと言おうとして「柚子香逃げ…」と言いかけた時、柚子香の奴は真っ赤な顔で目を瞑ってキスの体勢で俺を待っていた。


周りからは「綺麗な子」とか、「兄ちゃん照れんな」とか聞こえてくる。

照れてんじゃなくて嫌なんだよ。


だがこのノリと勢いの中で拒絶できるほどの胆力もない俺は、柚子香の腰を抱くとキチンとキスをした。


感極まった柚子香の奴は、俺の頭に腕を回してきて、俺達は公衆の面前でこれでもかと長いキスをする事になった。


俺たちの次のカップルもしたのだろう。

囃し立てる声に祝福の声が聞こえる中、聞き覚えのある音が聞こえてきた。


それはバースト音で、柚子香から唇を離して音の方を見ると、阿部、井上、宇田、江藤、小田の5人が色んな角度から俺と柚子香の写真をバーストで撮っていた。


「お前ら!?」

「…クリスマスのイルミネーションの中で、人に見られてキスですか…」

「雄大も大人になったね。お揃いのスマホケースなんて使ってさ」

「婚約者がいるからってリア充しやがって」

「お前には絶対に「やっぱりお兄ちゃんがスキ」は観せてやらん」

「胸焼けしてきたから皆を呼んだ」


柚子香といえば嬉しそうに目を開けて、「皆さん。こんにちは」と挨拶をする。

俺といえば、「柚子香、帰るぞ」、「阿部、これ以上言いふらすな」、「井上、同い年だ」、「宇田、リア充じゃない」、「江藤、それだけは困る。頼む観せてくれ」、「小田、勝手に見て胸焼けすんな!」と言うだけ言って柚子香を連れて帰ろうとするわけだが、人混みが酷くなってきて、気を抜くと柚子香が迷子になりかねない。


俺は仕方なく柚子香に「腕を組め。迷子になるな」と言って歩くと、柚子香は「ありがとう」と言って腕を組んで歩き出した。


5人は爆撃のように怨嗟の声とともに、その後ろ姿の写真まで送り届けてきた。

柚子香はその大半を気に入って転送させるとウットリと眺めていた。

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