第18話 雄大の地元で無双する柚子香。

外はクリスマス。

色とりどりのイルミネーションの中、駅ビルに向かいながら「柚子香は食べたいものあるか?」と聞くと、柚子香は「ピザとパスタとチキンはもういらないわね」と言う。


大概の食べ物屋は駅ビルに入ってる。

「じゃあインスピレーションで決めてくれ」と言って歩くと、地元だけあって中学の同級生なんかに会う。

コンビニバイトの奴は軒先でケーキの売り子をしていて、俺に気付くと声をかけてこようとするが、横の柚子香を見て手が止まる。


だが挙げた手は下ろせないわけで、「雄大!」と声をかけてくると、柚子香を見て「綺麗な子だな。彼女とクリスマスなんて贅沢だな」と言ってくる。


俺が「違う」と言うより先に前に出た柚子香は、「はじめまして。雄大の婚約者の柚子香です」と挨拶をしやがった。

俺が「柚子香ぁ!?」と聞き返す横で、処理不能の同級生は「雄大?お前…婚約?えぇ…」と言っている。


俺は同級生の阿部に「阿部、とりあえず後で連絡する。見なかった事にしてくれ」と言って、柚子香を連れてコンビニ前を立ち去る。


「柚子香。婚約者とか言うなよ」

「なぜ?もう私は雄大としか結婚しないわよ」


「それはお前にいい相手が現れなければだろ?俺なんて下の方なんだから、いい相手はこれから出てくる」

「そんなの居ないわよ」


わかってない。

本格的にわかってない。

俺は嫌な予感に頭を抱えると予感は現実になる。


阿部の奴がソッコーでバラした。

バイト中にスマホ使うなよ!

井上が「雄大?婚約者ってなんだよ。滅茶苦茶可愛い子って本当か?」とメッセージを入れてくる。

宇田の奴は江藤を誘って俺をわざわざ探しにきて、柚子香を見て「すげぇ可愛い!」、「雄大羨ましい!」と騒ぎ出す。


羨ましい?代わってやるよ。

お前もクローゼットの中身をこれでもかと捨てられてみれば、柚子香の危険さがわかるはずだ。


柚子香と言えば「雄大のお友達ですか?はじめまして婚約者の柚子香です」と名乗り上げる。


これは段々と母親の策略に見えてきた。

あのババア。


俺は阿部に「これ以上広めるな」と送って、宇田と江藤にも「騒ぎは困る。もう騒ぐな」と言って、今も宇田達の俺と話してない方と話をする柚子香を捕まえて、「ほら行くぞ」と言う。


柚子香の奴、江藤の与太話を信じて「あら、雄大ってば私がいるのに、懇意にされてる女の子がいるんですか?ふふふ。その方には今度謝らないと」なんて余裕の表情で返しやがった。


俺の「ほら行くぞ」だけでも宇田と江藤は大興奮で、「自然に肩を抱く!?」、「雄大の野朗!」とうるさい。


柚子香の奴がよそ行きの顔で、「もう。ゆっくりしても良いじゃない。それにまだ眠いわ」と言いやがった。


17歳の性欲を舐めるな。

妄想力も舐めるな。


顔を真っ赤にした宇田と江藤は、「雄大!?」、「裏切り者!」と騒ぎ立てる。


「誤解だ。何もない」と言っても信じて貰えずに、江藤が「もうお前にはこの冬買った新作の「やっぱりお兄ちゃんがスキ」は貸してやらん!」と言い出す。


新作!?

それはダメだ。


「江藤君、後でよく話そう。新作は観たい。是非とも観たい」

「お前、彼女の前で言うなよ」

「どうせ彼女にもお兄ちゃんとか言わせてるくせに」


この言葉に柚子香が「お兄ちゃん?」と反応する。


あああああ。ドツボだよ。


「とりあえず宇田と江藤は帰れ!井上と阿部には誤解だと言ってくれ!江藤はDVDを貸してくれ!」

「うるせー!お前なんか知るか!宇田!ウチで雄大の分まで観るぞ!」

「覚えてろ!」


宇田と江藤は言うだけ言って去っていく。

俺は新作を見逃しそうな事がショックで、柚子香を見ると柚子香は「楽しかったわ。いきましょう雄大」と言って、俺に腕組みをすると涼しい顔で駅ビルに入る。


昼飯はインドカレー屋に決まった。

ナンが美味ぇ。


とりあえず現実逃避したい。

ナンに逃避したい。


今、テーブルに放置したスマホはジャンジャカジャンジャカ通知を表示してくる。

手帳型ケースのお陰で通知内容までは見えないが、光が漏れれば通知が来ていることは分かる。

柚子香は俺のスマホを指差して、「雄大、スマホ鳴ってるわよ?」と言うので、俺は「知ってる。無視してる」と返してナンを食べる。


「なんで?」

「お前のせいだよ!婚約者の事をバラすから大騒ぎなんだよ。しかもあの寝不足アピールなんて誤解を招くだろ!どこで覚えた!」


嬉しそうにニコニコと「ふふふ」と笑った柚子香は、「晴子に教わったのよ」と言い、俺はテーブルに突っ伏す形で「渋谷晴子ぉぉぉっ!」と言う。


「晴子が「爆弾彼氏さんの地元にお泊まりに行って女性のお友達とかに会ったら、昨日の夜は楽しかったとか寝不足とか言うんですよ」って教えてくれたの」


…マジでマイナスとマイナスによる悪夢のコラボやめてくんない?


帰ってもセクシーDVDの観賞会が待っているので、俺は「駅ビルに憧れとかないのか?見るか?」と声をかけると、柚子香は「いいの!?」と言って喜んで、本当に上から下まで全部回りやがった。


まあウチではする事ないし、柚子香がウチで使う日用品もない。昼の残りもあるから金の心配もない。


結局荷物持ちみたいになってしまうが、あれこれ回ると柚子香が下着売り場で、「雄大。どれが良い?」と聞いてきた。


名を呼ぶな。

地元だ。

やめてくれ。


俺はさっさと立ち去るためにも「どれが良いってお前、この前言った通り、透けない色、傷つかない装飾」と言って顔を背けると、視線の先には井上と小田がいた。


なにやってんだよ。

慌てて顔を背けてスマホを見ると、爆撃という形容がピッタリの通知数の中には、俺と柚子香の隠し撮りまである。


しかも新着メッセージまできたよ。


[下着売り場!?]

[ドスケベ雄大!]


心無い言葉の暴力の中に、[この写真を皆にばら撒いてやる!]の言葉と共に、俺が柚子香の下着を選んでいる風に見えないこともない写真が入ってきた。


殺せ。

もう殺してくれ。


とりあえず柚子香に見つかるとまた何かよからぬ事を言いかねない。

厄介だと思った俺は何も見ない事にした。

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