第16話 柚子香と眠る夜。

柚子香は父親にタブレットを返すのだが、目を合わせないしよそよそしい。

父親はその瞬間に全てを察したのだろう。

声にならない声で肩を落としてしまった。


「時間が解決するから許してあげてよ」と俺が誉に言い、「誉婆ちゃんが一番風呂なんだよね?早く入ってよ。俺泊まりなんてしないからなれてないし、さっさと風呂入って寝たい」と言ってから、柚子香の母親に「布団てどこにあります?リビングに敷くんですよね?」と声をかけると、誉の奴が「客用の布団は干してないから使えないよ」と言い出した。


「は?」

「アンタは柚子香の婚約者なんだから、2人で寝ればいいのさ」


…はぁぁぁぁ?

このタイミングでふざけるなと思ったが、誉は俺たちに何があったかを知らない。

だとしても嫁入り前の娘になにをさせるつもりだ?


「それはよくないよ!柊の奴を誉婆ちゃんの布団に押し込んで、俺が柊の布団で寝るよ!」

俺の言葉に柊が「巻き込まないで!」と言っているが知らない。

今日の俺は調子が悪い。

何故か柚子香に反応したしいつもの嫌悪感がない。


真剣に拒否をする俺を見て、顔を暗くする柚子香とキレかける誉。


ここ最近はうまくやってきたが負けイベントは存在する。

諦めた俺は柚子香を呼ぶ。


拒否されまくって不愉快な柚子香は「何よ?」と言って寄ってくる。

俺はそっと「お前が親父さんのタブレットを見なかった事にして、水に流すのなら俺はお前と寝る」と言うと、柚子香は俺の顔を見てから父親の顔と手に持たれたタブレットを見て「本当?」と聞いてきた。


諦めた俺は柊と親父さんを見て、「2人は俺の仲間」と思いながら頷いて、「本当だ」と言った。


柚子香の奴はシレッと「お父さん、タブレットありがとう。また貸してね」となかった事にすると、柚子香の父親は俺を見る。

俺がオールOKの顔で頷くと、柚子香の父親は口パクで「ありがとう」と言っていた。



風呂の順番で俺は軽くモヤついた。

誉、柚子香の母親、柚子香と続き、本来なら父親か柊なのだがそこに俺がねじ込まれた。


「家長より先に入れない」と言ったのだが、父親からは「気持ちだけ貰うよ」と戦う牙も爪も失った言葉に俺は気分が悪くなった。

柊の奴は「言ってくれてありがとう」だけだった。



寝間着まで用意されていて、それが柚子香とお揃いなのも悪ノリだと思いながら、男に二言はないと柚子香の部屋に行く。


「コンセント借りるぞ」

「ええ、机の上のを使って。私はベッドサイドの奴で充電するわ」


「お前照れないのか?」

「緊張はしているけど雄大だから平気よ。散々一緒にいるから穏やかな気持ちよ」


仕方ないと俺は柚子香を先に入れて壁側を譲ると外側に入る。


「腕枕してみて」

「…はいよ」


諦めて腕枕をすると嬉しそうに笑った柚子香は、スマホを取り出してツーショット写真を撮ると「事後みたいね」と言って照れた。


「事後ってお前…渋谷さんには見せるなよ。学校が騒ぎになる」

「わかってるわよ」


そこで初めて柚子香の長い髪の毛がキチンと乾いている事に気づく。

いつ乾かしたのかを聞くと、俺が風呂に入っている間だった。


「お母さんも長いから大変よ。でもウチはありがたいわよ。お婆様がパウダールームを作ってくれているからキチンと乾かせるし、こうして一緒に眠れるわ」

成程、先に入って出てから髪を乾かすと、後追いの男どもとちょうど良くなる算段か。

ただのワガママとも違う事に俺は素直に驚いていた。


「ねぇ」

「なに?」


「このまま抱きしめてもらって眠っても良い?」

「いいよ」


俺が言葉に合わせて柚子香を抱きしめると、柚子香は「ありがとう雄大。私今幸せよ」と言う。俺は呆れ口調で「安い幸せだな」と返しておく。


「失礼しちゃう。本当よ」

「そうか。疲れただろ?早く寝ろ」


「うん。最後に聞いていい?」

「なんだ?」


「雄大もお父さんみたいな動画を観るのよね?雄大も女の人を縛るの?」

「…観るが縛るのは持ってない」


「明日は雄大の家だから観せてよ」

「パス」


柚子香は「雄大の好みが知りたいのに」と言いながら寝た。


俺は「まずい、この流れは逃げられないで観られる」と思った事と、よく観る動画のジャンルが妹モノで、中にはこうして同衾から始まるシチュエーションがあったことを思い出してしまうと、寝間着の柚子香が妙に柔らかい事を再認識してとんでもない事になった。

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