第10話 勝田台 風香。

照れもあったからか柚子香は後夜祭には出ないと言って、帰るから待っててくれと言われてしまい、近くの公園で待つ羽目になる。


冬の公園はクソ寒い。

柚子香の奴め。

苛立ちながら待つと、ホームルームが終わって後夜祭に出ない子達が次々に校門から出てきて、俺を見て「さっきの人だ!」と指さして行く。


お嬢様学校なんだから指なんてさすなよ。


しばらく待つと柚子香が申し訳なさそうな顔で現れる。

俺が「怒られたのか?」と聞くと、柚子香は「…少し。張り切って寝不足なのは良くないって言われたわ」と言って肩を落とす。まあ、怒られなれていないから、いい経験だろう。


「御愁傷様。まあ無理しすぎだな。来週とか予定がないなら、俺も休むから1日寝てろよ」

「嫌よ!寝るなら雄大と寝るわ」


もう後ろからはぎゃーの声が聞こえてくる。


「柚子香、誤解されるからやめとけ」

「誤解って何よ。私と雄大は婚約者じゃない」


「まあそれは来週メッセージできめよう。寒すぎて風邪を引くから帰ろうぜ」

俺の言葉に柚子香は「風邪引いたら看病してあげるわ」と言ってきた。


「勘弁してくれ。うつしたくない。逆の立場なら行かないぞ」

「なんでよ?酷いわ」


「うつりたくない。さっさと治すのが正解だろ?」

「それはそうだけど」


「憧れか?」

「そうよ」


本当に憧れの多い奴だな。俺は「とりあえず看病以外の憧れなら、仕方ないから付き合うけど、とりあえず駅の立ち食いそばであったまる?」と言って駅の方を指さす。


「…パス。もっとおしゃれなカフェとか提案できないの?」

「蕎麦屋を馬鹿にすんな。コスパ重視だよ」


柚子香は呆れ顔で「…せめてハンバーガー屋かドーナツ屋にして」と言い、俺が「仕方ない」と言っていると、先を歩いていたくるくるツインテールの女が柚子香を見て「柚子香!」と言った。


もう誰だかを聞く必要もない。


横には喫煙中の男。

路上喫煙禁止の看板の前で吸うなよバカタレ。


俺と柚子香は小さく、「柚子香、あんなのと張り合ったの?」、「仕方ないでしょ」と話すと、柚子香が「何、風香?」と声をかけた。


「アンタ彼氏を学校に連れ込むなんて何なのよ!」

「あなたも自慢の彼氏をお呼びすればよかったじゃない。折鶴を見て貰いたくなかったの?」


この言葉に「うっ」となる、くるくるツインテール。

どうやら柚子香の言う、折鶴の苦手な子なんだろう。彼氏には見せられない乙女心をいたぶるとか、柚子香らしくて横で嫌な顔をしないように俺は頑張る。


喫煙男が「風香、この子誰?」と聞くと、くるくるツインテール勝田台風香は「柚子香。クラスメイト」と言った。


「へぇ。俺は市川明彦。よろしくね柚子香ちゃん」

市川明彦は上から下まで柚子香を睨め回して品定めでもしているのだろう。


嫌悪感を露わにした柚子香に、「柚子香、挨拶は返せ」と俺が言うと、冷静になった柚子香はキツイ目付きは崩さずに、「初めまして。お話は風香から聞いてますわ。仲睦まじくて素敵ですね。お幸せに」と言うと、勝田台風香が俺を見て「ふーん。まあまあね」と言う。


もう俺は女子校のまあまあとか怖くてたまらないので、褒め言葉だとしても嬉しくない。


勝田台風香が誉めたのが気に食わないのか、市川明彦は俺を見て「お前は名乗んないの?」と聞いてきた。

正直この手の連中に名前なんて覚えられても嬉しくない。

俺が「名乗るほどの名前ではない」と返すと、柚子香は耐えられずに笑う。

柚子香に笑われたことの何が気に食わないのか、市川明彦はキレて「ざけんなコラ!」と言いながら掴みかかってこようとする。


面倒臭い。やられたら柚子香と誉がうるさいし、勝って恨まれるのもごめんだなと思っていると「雄大よ」と柚子香が言った。


「ふふ。私が代わりに名乗るまで名乗らないなんて、偉いわよ雄大」

柚子香が俺の嫌いな顔と仕草で褒めると、勝田台風香は顔を赤くして怒りだし、名前を聞いた市川明彦は、「雄大ね。よろしくな」と言ってきた。

諦めて「よろしく」と言った俺は空気を読まずに、「柚子香、寒いから早く帰るぞ。テイクアウトで柚子香の部屋で食べるのか?」と言って嫌々柚子香の腕を引くと、柚子香は「電車の中で決めましょう」と言って、「それじゃあ」と振り返りもしないで歩き出した。


下手について来られて、絡まれたら鬱陶しいのは共通認識なので、さっさと電車に乗ってしまう。


「最低。雄大と駅の周りを散策したかったのに」

「あんなのに出くわすくらいなら、俺は散策なんてしないで引きこもりになる」


「引きこもりって…。まったく」

「まったくは柚子香の方だ。なんであんなのに張り合うんだよ。女の方は馬鹿そうだし、男は更にマナーもモラルもなさそうだぞ?」


少しふてくされたように、「それは内春として、売られたケンカは買わないといけないし」と返す柚子香。

俺は呆れながら「恨みなんか買ったら面倒だろ?」と言い、その言葉に後悔した。


「なら居場所がわかるアプリを、お互いに入れ合いましょう」

「…え?何それ?いらない」


「いるわよ」

「いらない」


「ゴチャゴチャ言わない」

俺は貴重なギガを使わされて、柚子香とスマホでも繋がってしまった。


こうして俺のプライバシーは死んだ。

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