第9話 甘えるハトコは婚約者。
渋谷晴子と話している所に戻ってきた柚子香が、「待たせたわね。行くわよ雄大」と言うので、素直に「了解」と言った俺は渋谷晴子に「じゃあまた」と挨拶をして、受付の子達にも挨拶をして廊下に出る。
後ろからまたキャーキャー聞こえてきて怖くなり、柚子香に「ここの女の子達って男に餓えてるのか?キャーキャー怖いんだけど」と言うと、柚子香は呆れ顔で俺を見て「雄大、内春家の人間は目鼻立ちが整っているんだから、キャーキャー言われるわよ」と言った。
「俺、モテたことないぞ」
「人間性かしらね」
ムカつくー。
柚子香ムカつく。
柚子香は堂々と腕を組んでくる。
「お前、女子校に俺を連れ込んで、腕を組むってヤバいんじゃないのか?」
「何か言われたらお婆様が文句を言ってくれるわよ。いいのよ面倒な相手には内春の名前を出して、仲の良いはとこと言えば大人しくなるもの」
小狡い奴。
俺はコウモリの話を思い出してしまった。
「で?どこを回るんだよ。案内してくれ」
「こっちよ」
俺は連れて行かれるままに、三年の教室にあった喫茶スペースで珈琲を飲み、演劇部の創作劇を見る。
横の柚子香は楽しそうに劇を見ていたが、暗い中の劇と多分疲れだろう。
また船を漕いでいたので、「感想とか言う約束がなければ寝とけ」と言うと、「そうするわ」と言ってまた秒で寝落ちしやがった。
劇が終わっても柚子香は起きる気配がない。
無理しすぎだ。
早死にするぞ?と思ったが、俺の爺ちゃんが早死にで、誉が元気で長生きなので、それは無いなと笑ってしまう。
仕方なく近くの生徒に「ごめん。どこか休ませられそうなベンチとかある?」と聞いて、階段踊り場のベンチを教えてもらった俺は、柚子香を抱きかかえるとさっさとベンチに連れて行って休ませた。
まあそれが大問題だった。
男に餓えた女子共の最早キャーキャーではない、ギャーという悲鳴や絶叫。
それでも起きない柚子香を休ませていると、教師がすっ飛んできて詰問された。
「君は何者だ?」
「内春雄大。柚子香のはとこです」
「内春さんはどうしたんだ?」
「演劇見てる時に眠そうにしてたから、寝るように勧めたら眠って熟睡してるから近くの子にベンチを聞いて連れてきました」
このやり取りに教師は、「本当に内春さんのはとこなのか?いかがわしい男だ」と言ってくれる。この言葉に俺だって来たくて来たわけじゃないという怒りから「じゃあちょっと待ってくださいよ。柚子香を起こすのは後でいいでしょ?」と言ってさっさと誉に電話をする。
誉はすぐに出ると「おや雄大?どうしたんだい?」と聞いてくるので、俺は「ああ、誉婆ちゃん。ごめんね。柚子香が学校でやらかして、俺が不審者扱いされてるから身元証明してよ」と言うと話は早かった。
スピーカーにしてもいないのに、誉の怒号が俺のスマホから聞こえてきて、教師はコテンパンに絞られる。
教師の耳は当分耳鳴りだろうし、俺のスマホは誉ボイスで死んだかもしれない。
スマホを返してきた教師はヘトヘト顔で、「君の身元は証明された。済まなかったね」と言ってくれた。
「いえ、わかってもらえたらそれでいいんです。とりあえず柚子香が目立つなら保健室とか借りられます?」
「是非そうしてくれるかな?」
俺はまた柚子香を抱えて歩くと、少しして柚子香は目を覚ます。だが寝ぼけた柚子香は家だと思ったのか、「また寝てたわ。ありがとう雄大」と言って抱きついてきた。
これを見て教師が「君、本当にはとこ?」と聞くので、諦め口調で「はとこですよ」と返す。
「でもこの姿は」
「俺の意思なんてないですよ。俺の為にも柚子香と誉婆ちゃんを止めてくれます?」
この言葉で少しだけわかったのか、教師は「今度ひと言くらいは言っておくよ」と言ってくれた。
俺はため息混じりに「柚子香、そろそろ目を覚ましてくれ」と言うと、柚子香は「何よ、寝なさいって言ったのは雄大でしょ?」と不満げに言って、俺の肩に顔を埋めてグリグリとしてくる。
もう周りの絶叫は知らん。
どの道恥をかくのは柚子香だ。
「どこで俺が寝るように言った?」
「えぇ?第二体育館で演劇部の……」
柚子香は目が覚めただろう。
動きが固まると「雄大?ここって…もしかして」と聞いてくる。
「もしかしなくても、お前の通う学校だ。演劇が終わっても起きないから、迷惑にならないように踊り場のベンチに連れて行ったら、先生のご迷惑になった。先生は俺を疑った為に誉婆ちゃんの怒号を浴びた。俺はお前を保健室に連れて行くところだった」
柚子香は多分真っ赤だ。なんか肩の所が熱い。
俺が「起きたな?降りられるな?」と声をかけると、一瞬息を呑む声が聞こえてくる。
「ま…周りは?」
「観衆の皆さんか?大騒ぎだな」
「せ…先生は?」
「階段の数段先で呆れ顔で俺と柚子香を見ているな」
柚子香は小さく「どうしよう」と言うので、「貸しイチな」と小さく返して、「まったく、柚子香は昔から俺にだけ甘えるよな」と言って下ろしてやり、真っ赤な顔に向かって「俺以外にも甘えられるようになってくれ」と続けて、仲の良いはとこ同士のやり取りで済ましてしまう。
済んだかは知らないが、遠くから尊いとか聞こえてきて俺は女子校が怖くなった。
ちなみにこの騒ぎのどこかに居たのだろう。
渋谷晴子から俺が柚子香を抱きかかえる姿と、ベンチで眠らせている姿の写真が入ってきた。
消したかったが誉に見せて小遣いをアップさせようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます