第7話 内春 柊。
休みたかっただが、そう上手くはいかない。
それどころか、【婚約者】としてだけの関係で、付き合っていないはずだったのに、柚子香の奴が公然と「彼氏と彼女」にしてしまっていた。
まあ俺の地元で聞かれたら否定してやるつもりだ。
アルバイトは依然決まらない。それもあって元々は月一だったはずなのに、隔週で柚子香に会って誉から金を貰う羽目になっている。
誉は柚子香から逐一聞いているのかわからないが、こと柚子香の事に関しては俺の評価が高い。
「あの日、柚子香がアンタを指名してきた日は不安だったけど、3ヶ月経ってみると中々で、柚子香の男を見る目は確かだとわかったわ」
そんな事を言われても嬉しくない。
俺は穏便にダメ出しをしてもらおうと、「それこそ柚子香が世間知らずで、俺を誤解しているだけじゃない?」と言ったが、誉から「ふふ。そう思うなら柚子香の期待に沿って、いい男になりなさい」と返されてしまった。
マジか。
どうやっても俺を外す気がないのか?
そして今日は本気で帰らせてもらって休みたかったのにダメだとなった。
柚子香は来週末に迫った文化祭の出し物の為に、日曜なのに学校に行っていた。
それなら俺は休みだろうと思っていたのに、柚子香から「ダメ。キチンと雄大はウチで私を待っていなさい」と言われてしまい、誉からも「来なさい」と言われてしまった。
いくら何でもはとこの家に、何の用事もない俺は柚子香の部屋で待つわけにもいかず、リビングで地縛霊のように恨めしそうな顔で座ることしかできない。
しかも柚子香の弟の
柊は14歳の中2。
まあ長子至上主義のこの家では男でも二番は二番。
しかも一番の柚子香の婚約者にさせられてしまっている俺がいると、更に序列が下がるとあって俺を敵視している。
まあ昔から話すこともなかったので、仲は良くな……悪い。
何となくだが誉の孫という立場もあって、上から目線で気に食わない。
別にお前は何一つ偉くない。
柚子香同様にそんな認識でしかない。
柊の奴は親達全員がリビングを離れた瞬間に、「何でずっと居るんだよ?帰れよ」と言ってきた。
それだと思った俺は「それ」と返す。
柊の奴は「は?」と聞き返してきたので、もう一度「それ、誉婆ちゃんの前で言ってくれないか?」と持ちかけた。
柊の奴は喧嘩を売られたと思ったのか、食ってかかろうとするが違うそうじゃない。
「落ち着いて聞いてくれ。俺は帰りたい。家に帰ってゴロゴロしながら自分の時間を謳歌したい。柚子香と誉婆ちゃんの指示で渋々ここに居る。だが柊が帰れと言えば誉婆ちゃんも「うん」と言ってくれるかもしれない。頼む!」
必死な俺の懇願に、柊の奴は混乱気味に「え?雄大は帰りたいの?」と聞いてきた。
俺は力強く頷いてから「当たり前だ。当然だ。帰りたい」と一気に言った。
俺は「え?雄大は姉さんに気に入られたくてここに…」と言う柊の言葉を最後まで聞かずに、「居ると思っていたら柊はパーだ」と言う。
「パー!?僕をパーだと?」
「パーだ。だから頼む」
必死な俺の懇願に、柊は「…聞いていい?雄大は姉さんと付き合いたくないの?結婚したくないの?」と聞いてきたので、「付き合いたくない。結婚?考えたこともない」と躊躇なく返した。
「え?だって鏡月なんかは雄大が羨ましいとか憎いとか…」
「アイツ、そんな事言ってるの?バカじゃないか?と言うか、柊もなんで世界中の全員が柚子香を狙ってるとか思うんだ?」
「え?えぇ?だって姉さんは綺麗だし。皆綺麗だって」
想像と違うやり取りに軽くパニックになる柊に、「お前、シスコンか?」と聞くと、柊は「違うよ!でも皆が褒める姉さんを狙って、偉くなろうとしてる雄大は卑怯だと思ってる」と言いやがった。
俺は盛大にため息をついて、「いいか?俺は3ヶ月前、これからもっと暑くなる、それでも十分暑い土曜日に、いきなり呼び出されて旦那にしてやるって言われただけだ」と言う。
柊は「え?でもそれって…」と玉の輿の逆、逆玉だと言おうとするのを止めて、「いいか?今の状況に甘んじていてみろ。大学卒業とかしてから、急に柚子香の奴が他の男に恋をしたりしたら、俺は問答無用で容赦なく捨てられる。それから彼女を探せ、仕事を見つけろ、結婚をしろといきなり言われてみろ。出来るか?」と聞き返した。
俺の圧に引いた柊は「え…えぇ」と言うので、そのまま「イメージしろ。お前が俺の立場で、結婚してやるって言われて、将来は内春の繋がりで働くのかなとか、のうのうとしていたのに、いきなり捨てられてみろ。それから社会復帰なんて地獄だぞ?」と追い打ちをかけると、柊はようやく「なんかわかるかも」と言った。
「わかりゃいいんだよ。な?俺だって自分磨き…いや、休息に力を入れたいんだ。帰らせてくれ!柊からも言ってくれ頼む!」
柊は「うん。じゃあお婆様に言ってくるよ」と言って立ち上がってくれた。
なんだ、話せばわかるじゃないか!
偉いぞ柊!頼んだぞ柊!
俺は【成功】の二文字以外に用はない!
柊がリビングを離れようとした時、玄関のドアが開いて、「ただいま!雄大!帰ってきたわよ!」と言う柚子香の声がした。
「えええぇぇぇ…」
「姉さん、帰ってきたね」
俺は肩を落として恨めしそうに、「…今日は諦めるから、次回は頼めるか?」と聞くと、呆れと困惑の混じった顔の柊が「…いいよ」と言ってくれた。
この瞬間、俺と柊には信頼関係が芽生えた気がした。
返事がないのでリビングに飛び込んできた柚子香は、柊を見て「あら、柊が雄大の相手をしてくれたの?ありがとう」と言うと、「さあ、待たせたわね。いらっしゃい」と言って俺を部屋に拉致して行った。
柊は何とも言えない顔で手を振っていたので、俺は小さく手を振りかえしておいた。
着替えは見ないと言っているのに、柚子香は俺の前で着替えようとしたので部屋の前で待つことになる。
「雄大!居る?返事をしなさい」
扉越しに聞こえるこの言葉に、俺は「三枚のお札」と言う昔話を思い出していた。
確かあれはトイレに入った小坊主に向けて、山姥が「まだか?」と聞いてきてお札が代わりに返事をしてくれている間に、小坊主が逃げ出す話だった。
俺には一枚も札がないので諦めて、「居るって。早く着替えてくれ。廊下は寒い」と返事をする。
俺の言葉に扉を開けた柚子香は、俺を定位置に座らせると膝の上で「温まりなさい」と言って俺に抱きついて、「柊と話すのね。良かった。これで雄大はウチに嫁げるわね」と言いやがった。
「ぜってーやだ」とは言えないので、「この家に住むのは無理だな」と返事をする。
「なんでよ?」と聞かれたので、「気が休まらない。まだこの部屋の方が落ち着く」と言った俺の返しに、柚子香はブルっと震えると「そうね。2人きりがいいのなら、そうしてあげるわ」と言って今までで1番熱のこもったキスをしてきた。
何に喜んだんだ?わけがわからん。
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