第5話 一瞬の違和感。
電車の中で眠った柚子香は駅に着くまで起きなかった。
駅に着いて起きた柚子香は、「ありがとう。ごめんなさい」と言って照れていた。
「いや。疲れてるなら帰って寝たらどうだ?俺はリビングでテレビを観てるぞ?」
「それは嫌」
嫌ですか。
疲れてるなら寝ればいいのに何をムキになって……。
何をって一択だ。
張り合う友達を代えてくれ。
地元なのに柚子香は俺と腕を組んで歩く。
俺が困惑すると「聞かれたら婚約者だって言えばいいのよ」と言って堂々と歩いていく。
俺は目がおかしくなったのか。
疲れすぎたのか。
ストレスで見えている世界が狂ってしまったのか。
柚子香から普段の高圧的な態度を感じない。
不思議に思っている中、「雄大、飲み物を買いましょう?」と言われるままにコンビニで飲み物を買い、家に着くと俺は「先に着替えろよ。自宅なんだから制服姿でいる必要ないだろ?」と言い、リビングに向かって行きながら「着替えたら呼んでくれれば部屋に行く」と言うと「着替え…見る?」と聞かれた。
何となく普段なら「着替えるから見なさい」くらい言われそうだが今日は「見る?」だった。
なんか変な感じがしたが「見る方が恥ずかしいからこっちにいる」と言うと少し嬉しそうに「すぐに着替えるわ」と言って柚子香は部屋に行った。
すぐに着替えるとは何だったのか。
俺のすぐは3分もかからない。
柚子香の奴は15分も待たせて俺を呼んだ。
部屋に入るとテーブルにコンビニで買った飲み物を置かされて、またベッドに寄りかかるように座らされると膝の上に柚子香が座ってきた。
その姿のまま二度ほど唇を奪われた後で、本当に宿屋探しをする事になったが、やはり柚子香には一般常識がない。
「お前、なんで高級宿のホームページ見てるんだよ」
「え?この前お婆様と出掛けたのがここで、サービスも良かったから雄大も喜ぶと思って…」
誉が行くような宿なんて俺は多分生涯行くことはない。
俺は「そういう宿は高過ぎて行けないからな?」と言いながら安い宿の写真を見せると、柚子香は「え!?こんなに安いの?」と驚きながらも、「そこなら行ってくれる?」と聞き返してきた。
本当に何があったんだ?
「婚前交渉が無くていいならな」
「わかっているわ」
時折普段の柚子香になるが、それでもなんか変な雰囲気なので、「じゃあ宿が決まったなら少し寝ておけ。なんか変だぞ」と言うと、柚子香は「寝たら帰る?」と聞いてきたので、「誉婆ちゃんに言われてるから帰らない」と返した。
「ならリビングに行く?」
「まあこの部屋にテレビはないし、手持ち無沙汰になるからな」
「なら起きてるわ。沢山キスをしましょう?」
嫌すぎです。
「寝ないと疲れから風邪引くぞ?」
「ならこの部屋にいて」
俺がこの部屋で誉の帰還を待てば唇は守られるらしい。
「俺がこの部屋にいれば柚子香は眠るんだな?」
「寝るわ」
「ならいてやるから眠れ」と言うと、柚子香の奴は「おやすみなさい」と言って俺にキスをしてきてから、俺の膝の上でまた肩に顎を乗せて眠りにつきやがった。
やはり疲れていたのか秒で眠りにつかれてしまい、おろす暇も無かった。
重い。
熱い。
飲み物が取れない。
トイレに行きたくなったらどうすんだよ。
そんな事を思ったが、柚子香は体型に気をつけるから重いと言っても、同い年の子達からしたら軽いだろう。
2時間後、誉達が帰ってきて俺は無事に解放された。2時間も柚子香の奴が乗ってきていたせいで、足が痺れてしまって大変だった。痺れた足で必死にトイレを目指す姿を見た誉に笑われたのがイラッとしたが、「約束の小遣いだ」と言われて、想像より多い金額が出てきて俺は気が引けたが、「雄大。お前にしかできない事をしたんだ。正当な報酬くらいに思いなさい」と言われたのでキチンと受け取った。
誉から「着替え、待たされたかい?」と聞かれて、「15分も待った」と答えると、誉はニヤニヤと笑っていた。
そんなに俺が振り回されてご機嫌かよ。
解放されたが帰宅許可が出たわけではなく、「夕飯を食べて行きなさい」と言われるし、帰りは柚子香の父親が運転するからと遅くまで引き止められた。
朝からこき使われっぱなしの柚子香の父親に悪いので、「いや、おじさんに悪いから電車で帰る」と断ったのだが、誉に「雄大?私が言ってんだよ」と言われ睨まれて逆らえないし、財布の中のお金達が「そうだそうだ」と言っている気がしてしまい、おとなしくなると腕を組んで胸を突き出しながら、「本当、雄大はそこら辺がわかってないわ」と柚子香に言われる。
寝て元気になったからか、普段のムカつく柚子香がそこにいた。
先ほどの寝起きの「おはよう。ずっと抱きしめていてくれてありがとう」は見間違いだろうな。
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