第4話 内春家の法事。

俺が柚子香の婚約者になって1ヶ月が経った。

月に一度はデートをすべきだと言われてしまい、バイトを探していた俺は「え?君は月一度の日曜日は働けないの?なんで?」と聞かれて、「大叔母のお世話がありまして…」と答えると断られる。


苛立った俺が「バイトしたい」と誉に談判をしたら、別途小遣いを渡すから毎月月末の日曜日は諦めるように言われた。


確かにバイトを探すと内春家はバイトがしにくい。

何かにつけて法事だお祝いだと集めさせられる。

話にならない。


今回は爺ちゃんの法事で土曜日が潰れた。


内春家の法事は好きじゃない。

ウチの法事にしてもヨソの法事にしてもいるだけで苛立つ。


女連中は普段の反動で、ここぞとばかりに何もしなくなる。寺の手配から卒塔婆の手配。お土産の手配や花にお供物からなにまで全部男連中がやって、当日も運転手をしたりするのでお酒も飲まない。

普段何もしないのだからと言うのが誉の教えで、皆がそれに従っている。


だがやはり会食の場で奥に女連中が陣取って顎で男を使う姿は見たくない。

男が女がではなくて動ける人が動けばいい。


男と言っても高校生までは着席を許可されているので、俺はここぞとばかりに柚子香の横に座らされて、演技指導やライバルの動向を聞かされていて、動きたいのに動けない不満で機嫌は良くない。柚子香の奴はそれをわからずに「雄大は私の横にいなさい」と言っている。


俺が「父さん達が動いているのに、何もしないなんて気持ち悪いんだよ」と言うと、柚子香の奴は即座に「そんなの男なんだから仕方ないでしょ?」と言ってくる。


この考え方だ。

顔つきがキツい柚子香のこの言葉や態度を見ると昔から苛立つ。


それに気付かない柚子香は「なんでアルバイトなんてしたいの?」と聞いてきた。


「自分の力で金を稼ぎたい。自分で好きに使えるお金が欲しいから」

「お婆様達になにかいい仕事がないか聞きなさいよ?そこら辺のアルバイトより待遇も良くて稼げるわよ?」


本当にわかってない。

内春家の範囲から出て稼ぎたいし、範囲の外で稼ぐ意味がわかっていない。


「それじゃあ意味ない。自分の力で生きていくのに内春家は関係ないだろ?」

「まあそんな考え方が雄大らしいわね。とりあえずバイトが見つかったら教えなさい」


だから何で命令してくんだよ。

苛立ちながらも「了解」と返して食事に向かい、せめて柚子香やいとことはとこ達の飲み物を渡したり、食べ終わった食器を下げやすいようにまとめたりした。


この宴会は女連中の気が済むまで終わらない。

俺は延々と柚子香に絡まれている。

何でも性に乱れたライバルはこの度二度目のお泊まり会をして、ラブホテルに行ったらしく「雄大?行きたくない?興味ない?」と聞かれて、「行きたくない。興味ない」と返す。


ムッとした顔の柚子香が「そのつっけんどんな返事もなるべくやめて。後は既読無視はやめなさい」と言うが従う気はなく、「忙しい時は後になるし、それまでに追加が来たら最後のメッセージに返信することになる。柚子香だって俺が連投したら全部は拾えないだろ?」と返すと、「うっ」と言った柚子香だったが「私は拾ってるわ」と言われて、まさかと思ってメッセージを確認すると、確かに柚子香は全部に返事をよこしていた。


「…マジか。まあ可能な限り返す」

「捨て置けるものは何も言わないけど、既読無視する度にペナルティを課すわ」


もう勘弁してくれ。

帰らせてくれ。


男の俺の願いが通じる事はない。

当然女連中が満足していないので帰れる訳もない中、柚子香が帰りたくなり、誉に「お婆様、私は雄大と先に帰りたいのですけどダメですか?」と聞く。


誉は俺と柚子香を見てからニコリと笑って「後は解散までお酒を飲むだけですものね。いいわよ。電車賃はキチンと貰いなさいね」と許しを出す。

俺は父親の車で家に帰って眠る予定だったのに予定が外れてガッカリしてしまう。


そんな時に誉から「雄大。私たちが帰るまで柚子香を任せたからね?」と言われてしまい、俺は「わかったよ誉婆ちゃん」と返事をした。


わかりたくねぇよ。

嫌だよ誉。


漫画だと思ってる言葉と出てくる言葉が逆転する事があるが、逆転したら大騒ぎだなと思ってしまった。


帰ることになるが、俺の爺ちゃんの墓は郊外で結構な電車旅になる。

運良くと言うか食事処は駅近だったのですぐに駅に着いたが、各駅しか停まらない駅は長閑で日差しが眠気を誘ってくる。次の電車まで15分もあってホームには俺たちしかいない。

2人でベンチに腰掛けて待ちながら「なあ、もう少し待ってたら車でのんびり帰れたんじゃないのか?」と聞くと、「いいでしょ」と言った柚子香は「駅のホームというのも憧れてたの」と言って目を瞑ってくる。

俺はため息混じりに「お嬢様学校の制服姿でそれをやるか?」と言いながら軽くキスをすると、柚子香は「ふふ。いいじゃない」と言った。


長閑な空気のせいなのか、暖かな日差しのせいなのか、「ふふ。いいじゃない」と言った柚子香の顔は普段見ていたキツいイメージとは違っていた。



電車は乗客もまばらで、俺達は隣り合わせで座る。

静かな車内で話すのが憚れるような空気感の中、柚子香が「雄大。このまま電車旅がしてみたい」と言い出した。


「これだって長距離で、家に帰るまで殆ど旅みたいなものだよ」

「そうじゃないの。2人でのんびりと穏やかな時間の中で旅をしたい。いつも皆で行くみたいな旅行ではないのよ。観光なんてしなくていい。ただ電車に揺られて宿まで行って、お風呂に入ってご飯を食べて眠って帰ってくるだけの旅行がしたいの」


俺は聞きながら、また何かライバルに喧嘩を売られたのかと思った。

いい加減噂に聞くヤンチャな彼氏と俺を張り合わせないで貰いたい。


考え中に柚子香は「いや?」と聞いてきた。

その顔にはキツさは感じなかった。


「どうしたんだ?」と聞いても良かったのだが聞けなかった俺は、「考えてた。でもそんな都合のいい場所なんてあるのか?」と聞き返した。


「…今日は帰ったらそれを探さない?」

本当にどうしたのだろう?

意味がわからないが、前みたいに時間の限りキスをされるよりはマシなので、「わかった。でも誉婆ちゃんがダメって言ったら行けないからな?」と誉を理由に牽制をしておいた。


柚子香の奴は嬉しそうに「それでも」と言って、「婚約者なんだから肩を貸して」と言って俺の肩に頭を乗せてくると、すぐに眠りについてしまった。


こんなに疲れるまで肩肘張るなんて信じられないなと思った俺は、仮に旅行に行っても婚前交渉はしないと釘を刺し忘れた事に気付いて、しまったと思っていた。

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